(2018July21 上巻)急 告! わらび市にて望月衣塑子氏の講演会がありました

  • 2018.09.01 Saturday
  • 00:00

 

こんにちは

 

 先日、猛暑のなか命からがらに?わらび市まで出掛けました … わらび市を訪ねたのは今回が初めてです。そしてこの日は 望月衣塑子氏 の講演会がありました。あの菅の天敵と呼ばれている望月氏を応援したくなり、出掛けた次第です。 今ごろにすみませんね、今回はちょっと長い話しになりましたが興味のある方はお付き合いください。

 

 

         

    

 

         望月衣塑子さん プロフィール

       新聞記者。東京地検特捜部などで事件中心に取材。

       社会部で武器輸出、軍学共同など、取材。

       著作・・「世界」6月号「国策化する武器輸出」、

        「武器輸出と日本企業」(角川新書)、

        「武器輸出大国ニッポンでいいのか」(あけび書房)

 

     主催)報道の現場から〜講演会実行委員会・わらび9条の会

     後援・ 蕨 市  蕨市教育委員会


 

 望月氏は日ごろから 「 政治や権力に一石を投じたい 」 と熱く語っています。戦後70年を遥かに過ぎたこんにち、いつも偉そうに古式豊かな(閉鎖的)菅の記者会見はハッキリ言って身勝手で醜い!とそれがしには映ります。そして余りにも静かでモノを言わぬ日本の新聞記者たち!反論とかないの?あとひと言がなぜ言えない!なんで黙ってるんだ!それでもジャーナリストかってそれがし中学生のころからいつも思い感じていました(ほんとです)。それらをふくめてもっと現実的で前向きな会見にして欲しいと … あのような会見をいつまでも繰り返して、早晩、世界の笑い者にならないようにと願っていますが、… もう手遅れかも知れんね! そんな思いで日々カリカリしながら、ちょっと悶々としているときに現れたのが、この方、 望月衣塑子氏でありました。

 

 結論を先に・・・ この望月氏、すごい方でありました!この日、講演が始まって直ぐに、それまでの望月氏のイメージが(決してたくさんもっていたとは言えないまでも)、そのすべてが吹き飛んでしまいました!この日、行動を共にしていたコオロギさんと一緒に驚きと共に呆気にとられてしまった。もの凄い早口で話しながら身振り手振りをまじえて全身で語りかけるというよりも、訴えかける!ぶつけてくる! … 望月氏は講演が終わるまで約3時間ず〜っと立ちっぱなしでした。用意されていた椅子は隅っこに片されたままでした。もうその躰からあふれ出るバイタリティーでいっぱいでした … ちょっと的外れかも知れないけれど?それはまるで(それがしにとっては)往年の大スター!京唄子のようでありました(早口だけど話が的確でおもしろい!とにかく聞いていて楽しい)繰り返しますが早口で機関銃のように撃ちまくる!いや、話しまくる!その度に会場から大爆笑が起こる!・・ まぁ、イメージというか雰囲気優先で言わせていただくと、あの 女流講談師の神田陽子 の世界を彷彿とさせるひとときでありました。ほんと凄い迫力だった。望月氏はきっとのこと、浪曲、講談とか狂言、これらをこよなく愛されているのでは? こんど訊いてみようと思いましたが、それにしても望月氏の話は久しぶりにこころを揺さぶられた、いい話しでありました。特におでん屋での父のひと言 『… や っ ぱ り 読 売 新 聞 だ け は 止 め て 欲 し い !』… でひとしきり大笑いしたあと、次の瞬間、それがしはフリーズに陥りました!しかしながら話しの内容は至ってシリアスでリアリティに溢れたしっかりとしたものでした。

 

 講演の冒頭から、話しはいきなりのクライマックス?でありました。夜の11時過ぎにある特捜部の幹部から携帯にピロピロ、ピロ〜ンと … 「 お 〜 ぃ 、モ チ ヅ キ(メチャ、大きなしゃがれ声というかダミ声が場内に響き渡ります … それは決してオーバーでもお世辞でもなく、少々鬼気迫る感じで嫌味のない芝居っ気たっぷり感で)、い ま ど こ で な に し て る ん か ぁ? い ま 銀 座 で み ん な で 飲 ん ど る か ら 、出 て く る か ぁ 〜・・・ 」と呼び出しが掛かる! ここで望月氏、この日、唯一、こ の と き だ け は ゆ っ く り で し た !  いち語、いち語、しっかりとアクセントをつけてこう続けました!「 は い ! い ま 直 ぐ ! い ま 直 ぐ 行 か せ て い た だ き ま す !」と、その声色はまさに迫真の演技!でありました … それはまるで「このあたりのものでござる」と、いつもこの台詞で始まる「狂言」(野村万作とかの)のようでありました … 会場はやんややんやの拍手と一緒に爆笑の渦でありました … とても講演会とは思えないほどの賑わい方?でした。隣のコオロギさんは「笑点みたいだ!」とつぶやいていましたが。

 

 

 

みなさんにお願いがあります!

 

 望月衣塑子さんに対しては、いろいろとご意見はありましょう!

そこでありのままの望月衣塑子さんを知ってほしく、この日の講演(正味2時間40分)を限りなく誤解のないように、そして正確に一言一句、すべてそのままでお伝えしようと決心しました。とは言ってもせめて望月氏、ご本人に対して事前にひと言だけでも「 お断りの挨拶を 」しておきたかったのですが、連絡の手だてがみつかりませんでした … この場をお借りして誠に勝手ながら見切り発車しますこと、ご容赦のほど! よろしくお願いします。… いま、ここにカキコ終了しました。もう執念のカキコと言ったらオーバーですかね?とにかくこの幾日か、一応、がんばって書き込みましたので、興味のある方はお付き合いください!……… また、この日の講演は冒頭の案内チラシにある通り、主催が「 報道の現場から〜講演実行委員会・わらび9条の会 」となっていました。そして、後援が 「 蕨市 蕨市教育委員会 」でありました。… ここで念のためにお断りしておきますが、それがしは、そしてコオロギさんも、ここにある、わらび9条の会、そして蕨市教育委員会とはなんらの関係もありません!ので、どうか誤解されませんようにお願いします。

 

 この日、定刻を5分ほど過ぎてから講演はスタートしました。最初に地元のわらび9条の会、会長の〇〇さんからの挨拶で始まりましたが … 直ぐにご本人の口から長い挨拶はいけませんね、と自重されて挨拶は2分ほどで終了しました!… やれやれ  ⇨ こちらも前置きは止めて早速いきましょう! 

 

 

 

ここで望月衣塑子氏の登場であります ・・・  望月氏のハキハキとしたよく通る声が場内に響き渡ります。

 

註: 本文中に xxx xxx とあるのはそれがしが手荷物をゴソゴソと動かしたときの雑音のため、ハッキリと聞きとれない! という意味であります … 注意はしていたのですがつい話に夢中になってしまって … ご容赦のほど。

 

 初めまして東京新聞の望月と申します。ありがとうございます。国会ではカジノ法案が強行採決されました。まぁ、多くの歯止めになるような項目がつけられないまま331の項目は法案成立後に議論すると、海外で適用されているような15,000平方メートルという面積の上限もいまのところ取り外されています。なによりも心配されるのは、カジノに行って掛け金を掛けた際、お金がなくなったらその施設内で特定融資ができ、かつその貸し付けた債権をその業者はほかの業者に債権を譲渡できるという、もう又貸しの又貸しみたいないわゆる貸金業を施設内でOKという状況をあっさり認めていくという、まぁ多くの国民がですね … 朝日新聞の世論調査で76%が現時点ではカジノは必要がないという、カジノ作るならエアコンつけてという … こういう国民の声を聞かずほとんどアメリカのカジノ業者が、一部のIR利権に群がる業者たちへの利益配分というようなカズ(数)による強引な政治が今まかり通っていると思います。

 

 これまでそんなにですね、実は社会部と言う立場で政治にもともと関心は無かったんですが、私が去年の六月からなぜいち社会部という立場で、本来、政治部がやっているあの内閣記者会場の官邸会見の場に乗り込もうというふうに思ったことになったのか?ふくめまして、いち現場の記者から見て感じる今の政治の問題、状況について語らせていただきたいと思います。よろしくお願いします。望月衣塑子と申します。まぁ、これ「ソ(塑)」がよく読めないとまぁいろんな人から言われます(会場から笑い声が起きる)。去年、四月に急逝してしまった私の母がですね、詩人の萩原朔太郎が大好きでその朔をとって、初めは男の子が生まれますよ、お母さん!というふうに言われていたので、望月はじめくん(朔くん)と名付けてもらったんですが、なんとお腹から出てきたら、あら?この子おチンチンがないわよ!と・・・(会場から笑い声が…)でも、どうしてもこの朔をつかいたいと言って、まぁ、衣塑子とつけて女の子らしくしたと言っていました。モノをつくるひと、創造できる人間になってほしいという思いを込めたと言っていました。

 

 新聞記者というのはだいたい地方の支局を二か所三カ所、多い人で四カ所くらい廻りまして、東京新聞ですと、東京本社、親会社の中日新聞ですと、名古屋本社の勤務になるんですが私は千葉と横浜に三年、支局を勤務しまして、四年目から東京本社の勤務になりました。で千葉と神奈川の支局時代に、所謂、地方の県議や市議とか市の職員や県の職員の方々が関わって起きた、所謂、贈収賄事件、汚職事件!このシナリオにもの凄くハマりまして、所謂、業者とか市の職員とかがお金を受け取ってしまうという、その関係に至るまでつまりどういうことが、それぞれあったのか、といういろんな関係者から取材をすると、これで最後にはこのふたりはこういう状況に行きついたんだな〜という、ことがよく見えてきてですね、まぁ、東京に行ったらさらに大型の政治家の絡む疑獄事件をやりたいと思って、かつて田中角栄のもと秘書をロッキード事件で逮捕した東京地検特捜部を廻りたいという希望を出しました。

 

 2004年から特捜部の担当になります。当時、東京地検特捜部が一応内偵で捜査をしていたのが全国にある歯医者さんの資金団体である日本歯科医師連盟、政治資金団体ですね。役所で日歯連というところの自民党の中堅から大物議員に対する裏献金疑惑というのを内定捜査しておりました。当時、いろんな関係者、日歯連の関係者を取材していくなかでたまたまなんですが、自民党の議員に対する裏献金の一覧表リストというのを関係者から入手したんですね。これだいたいスタートが一千万から始まるんですが、一千万、二千万、三千万とズラズラ―っと上って一番多いところで、橋本派への裏献金語義、一億円というのがございました。これまあリストがあったので当時私はね、誰々議員に一千万、裏献金かぁ〜っとガンガン書いてました。でもこれ特捜部もねおそらく同じようなモノを入手していました。現場はなるべく多くの国会議員を召し捕りたいというふうに希望をもっていたんですが、だいたい国内最強の捜査機関とこれまでは言われてきましたが担当する特捜部の検事が36人くらい、支える事務官が90人ちょっとトータル百数十人くらいの、そのくらいの所帯なんですね特捜部。なのでこの百数十人で20人全員は、トータル20人くらいの名前があったんですが20人全員はできない!ということで当時現場に上から指示が出ていたのが、五千万以下は足切りでだめだと。五千万以上を視野に … (会場からは笑い声が…)。

 

 この五千万というハードルをクリアーし、なお且つ当時はなるべく有名どころ、自民党の大物議員をやりたいということで、現場が上に決済を仰ぎにいったのが実はつい先日亡くなられた、自民党の大物幹事長といわれた野中広務さん(2018年1月26日 92歳没)だったんですね。五千万円の政治資金規正法違反で野中さんを立件へということで現場が上に決済を取りに行きました。するとですね、当時のナンバー2の次席検事が検察庁のトップ、検事総長に呼び出されるんですね。その場に行ったら … 「 細かいことは俺には一切聞くなよ!とにかく野中さんだけには手を入れてはならん! 」とたぶん余程悔しかったんですね、その次席検事、それまで私にネタをくれたことは一切なかったんですが、その総長から言われて一週間後、「 モ チ ヅ キ 、実 は ・・・ ・・・ 」こうやって私にその話を打ち明けてくれたんですね。まぁ、余程悔しかったんでしょう! なぜ野中さんを見送れと立件見送りを、まぁ、総長が指示したのか?いろいろとそのあと取材をしました。するとですね、そのちょっと前に最高検の公安に三井環さんという公安の検事さんがいらした。で彼がある民放のTV局で全国の警察庁で代々行われてきた、プール資金問題、裏金資金問題というものをその民放のTV局に告発に行こうと、現状の検事としてですね、そのTV局へ行くそのタクシーのなかで実は警察につかまるという、こういう事件があったんですね。

 

 この警察庁で代々続いてきた裏金資金問題というのを、国会で自民党の若手議員が今の野党のように追及チームみたいなものをつくって国会の場で厳しくこの検察庁を追及しようと構えていたんですね。そしたらですね、当時の野中さんが追及チームの若手議員をみんな呼び集めまして、「 あ んま り 検 察 庁 に 手 を 入 れ 過 ぎ る と 、絶 対 に 後 々 大 き な し っ ぺ 返 し が 起 き る 。手 を 入 れ 過 ぎ て は い け な い! 」と言って、なんとその剣(件)を収めさせたんですね。こういうことがあったらしいんですね、このとき以来検察庁としては野中さんにはもう足を向けて寝られないということは代々トップで語り継がれていた。なのでこのときのことが大きなきっかけとなって立件見送りの指示が出たのではないかということでした。まぁ、当時はですね、今以上にもうもっと血気盛んだったので現場の特捜部の幹部には、私、だいぶ噛みついてきました。まぁね、一千万、二千万、三千万、五千万以下はやめろだのね、これをクリアーしてる野中さんをね、かつての恩義があって見送るだのね、特捜部というのは時の権力者、政権与党にね、権力の監視機関として捜査のメスを入れ、そして監視、チェックしていく、そういうことが貴方たちの仕事じゃ無いんですか!なにをやってるんですか!と大分ね、噛みついていたのを憶えています。

 

 当時の検事たちが私に言っていた言葉が、「 モ チ ヅ キ 、お 前 の 悔 し い 気 持 ち は ス ゴ イ よ く 分 か る ! 」と、「 お 前 は お そ ら く 我 々 が 持 っ て い る だ ろ う 資 料 の い く つ か を ど こ か か ら 入 手 し 、そ れ を 基 に お そ ら く 記 事 を 書 い て い る ん だ ろ う 」と、あのいくつかの記事を。「 し か し な が ら 我 々 は 、 お 前 が 持 っ て い る そ の 資 料 の お そ ら く 十 倍 、 百 倍 の も の を 持 っ て い る ! さ ま ざ ま な  xxx xxx  を 強 制 捜 査 や  xxx xxx  で 押 収 し て  xxx xxx  決 済 を 仰 ぎ 、 そ し て  xxx xxx  そ れ で も 潰 さ れ て い る 、お 前 が 悔 し い と 思 う 気 持 ち の 十 倍 、百 倍 の 気 持 ち を 私 た ち は 持 っ て い る !」「 し か し なが ら 見 て い て く れ  」と、「 や は り 時 の 権 力 、 政 権 与 党 に 斬 り 込 み 、権 力 の 監 視 機 関 と し て 捜査 の メ ス を 入 れ る こ と が で き る の は 、 わ れ わ れ 特 捜 部 し か な い と 思 っ て い る 、上 か ら は い つ も 五 箇 条 の ハ ー ド ル を 課 さ れ て い る 。し か し な が ら 我 々 は や る べ き こ と を し っ か り や る  」と、そういう話しをしてくれました。でそのあともですね、やはり最高検や法務省サイドから例えば青木幹雄は二億円とかね、いくつかのほかの忖度主義が出ておりました。

 

 しかしながら一応当時、橋本派への裏献金小切手一億円事件というのには着手いたしまして、派閥の解消だとか橋本元首相はこれによって辞任に追い込まれていきます。それから自民党のお財布といわれている国民政治協会、ここの大物の事務局長を聴取するなど、それなりに自民党に斬り込むいくつかのルートをやっておりました。でこの当時の状況と今の状況、みなさんがご存じの通り森友学園の国有地売却をめぐっては8億円超もの大幅値引きが根拠なく行われた可能性が、非常に強いということが去年の年末に国の会計検査院が指摘をしたと、言う状況があったにもかかわらず、まぁ、つい最近ではあの籠池ご夫妻を詐欺罪で逮捕、起訴というのを昨年の夏、早々とやっておりましたが、その先ですね、なぜ8億円もの値引きを本省の理財局は承認し、大阪航空局、近畿財務局は認めたのか?この根幹に迫るような二の矢、三の矢をまったくやることないまま、つい最近38人で全員の職員不起訴を決めました。この今の状況と当時の状況を比較すればまだ当時の状況のほうが、いろいろとああだこうだといわれながらもときの権力、政治のもとへ斬り込もうという気構えを私に語ってくれた、こころある幹部がたくさん居たなというふうに思っております。

 

 当時は ??? ??? というスタイルで(ひとつの慣用句?みたいな響きでしたがハッキリと聞き取れず意味不明なり)取材をしておりました。これはつい最近、福田前セクハラ事務次官、彼の話がバァ―っと出たときにあるTVのコメンテイターの方が、へぇ〜なんか女性記者って携帯ピロピロピロ〜なんて鳴ると、はい、行きます〜とか言ってね、夜のそんな場所にいくんですか?とそれもおかしくないですかぁ〜っていう議論していたと聞きましたが、まぁ、私はまさにテレ朝を告発した女性記者と同じようなスタイルで取材をしておりました。

 

 これは例えば夜の11時過ぎくらいにある特捜部の幹部が決まったハイヤーのナンバーに乗ってそのハイヤー乗って帰ってくると決まっています。だいたい11時くらいにその幹部の自宅近くの公園とか物陰に隠れてひっそりして、みんなこういうふうに(電柱の影に身を隠すような仕草を … 熱演でした)バラバラになって待ってるわけなんですが、社会部の場合はご近所に迷惑になるからお前たち見つからないように待ってろ!って言われてるんで、みんなそれぞれに静か〜に待ってるんです。これが政治部だとぜんぜん違ってビックリしちゃうんですが、だいたいみんな国会議員の赤坂の議員宿舎とかの横にね、ハイヤーを高級な黒塗りのハイヤーをバンバンバンって横付けして車の中でこういう風に待ってるわけです。これ見つからないように待ってろと言われているんで、みんなこういうふうに待ってるんですね、夜の11時過ぎくらいに幹部の乗ったハイヤーがライトを点けてこっちへ来る、あぁーあのナンバーはあの幹部だな、帰って来たーとみんな暗闇にいたのがモゾモゾモゾと ??? ??? その幹部が車から降り立つと、あっ、どうもきょうはお疲れさまでしたーと言って、みんな15〜16人の番記者でバァ―と囲みます。事件の流れについて、まぁダイレクトになかなか生々しい話しはふれないんですがああでもないこうでもないと、いろいろ事件の感触を決めます、30分くらいで終った後は個別のスクープネタを持っている社がそれぞれ1分か2分、個別の質問をぶつけていきます。だいたい40分くらいで12時40分くらいで終ります。どうも今日はお疲れさまでした〜、また、明日頑張りましょうと幹部を見送る、そうすると遠くで待ってもらっていた自分たちのハイヤーに来てもらってハイヤーに乗って自宅に帰る。駈込むようにご飯を食べて、シャワーを浴びてお風呂に入ってパジャマに着替えて寝てると、そうですね夜中の12時半くらいにピロピロピロ〜っと、携帯が鳴るわけなんですね(会場からは笑い声が)。

 

 ハッと出ると特捜部の飲んでる幹部からです、「お 〜 ぃ 、モ チ ヅ キ! オ マ エ 、今 、ど こ で な に し て る ん や ぁ、わ れ わ れ 皆 で 銀 座 で 飲 ん ど る か ら 、来 れ る か ぁ 〜 」(このときのダミ声は最高でした!)とこのときはとにかく特捜部の検事でも事務官でもいいから、とにかく内部の誰々に食い込んでちょっとでも事件の流れを追っていきたいと思っていますから、「あ っ 、も う 今 す ぐ 、今 す ぐ 行 か せ て い た だ き ま す !」(会場からは大きな笑い声が)さっき帰ってもらったハイヤーにもう一回来てくださーぃって来てもらって、午前1時過ぎに銀座へ繰り出したお店の中に入ると幹部たちがウワーと飲んで、ウワーっとやってるわけですね。そこへビール ??? ??? (会場からは大きな笑い声が)これがね、飲んべぇーはいつまでも飲んで、3時、4時くらいまで続くんで、そして4時くらいに幹部が、「 あ ぁ 〜 今 日 も た く さ ん 飲 ん だ な ぁ 、そ ろ そ ろ 帰 る っ ぺ ぇ ー 。」 みんなで 、じゃ、帰りましょう帰りましょうって、また、きょうもがんばりましょう!----- -----(このとき、コオロギさんと笑い転げていたので収録はノイズだらけでNGそうするとですね、遠くで寝て待ってもらっていた私のハイヤーさんにまた来てもらって、こんどは飲んべぇーではなく、お酒なんか飲まないで規則正しい生活をしている幹部もいっぱいいる訳ですね(会場から笑い声が)。その幹部は、朝、だいたい5時30分に起きて6時前にこの公園の前を通りますというお散歩コースが決まってるわけですね。幹部が散歩してくるのを待ってるんです。こうして24時間フル稼働でやってたわけです。まぁ、昼間はけっこう寝てたんですが(会場からは大爆笑が)、やってました。一年くらい勤務やっていたんですが、会社の自動車部(?)に呼び出されました。「な ん だ オ マ エ 、モ チ ヅ キ 、オ マ エ の 配 車 記 録 見 た ら ほ と ん ど 家 に 帰 っ て な い じ ゃ な い か !(会場からは度々大きな笑い声が)オ マ エ 、車 の  中 で 生 活 し て る の か ?  バ ブ ル 期 で も な い の に さ す が に ハ イ ヤ ー 代 を 使 い 過 ぎ だ ぁ 〜 」と、大目玉を食らいまして、そこからなんと整理部というね現場記者から内勤の仕事にいくことになってしまったんですね。

 

 この整理部というのは現場が書いてくる記者さんの記事をみて、あぁ、これ一番め、二番め、次これ三番手!これでいきましょう!とニュース価値を判断し、見出しをつけ全体のレイアウトを作っていくというこういうセクションですね。初めはもうコンピュータの前でひたすら作業なんですね、なのであぁ〜現場で取材したいなぁ〜と初めはなかなかもう慣れるまで大変でした。まぁ、しかしながら毎日毎日、いろいろなニュースをこうみていると、あぁ〜そうかぁ、それまではもう事件、事故、政治家の汚職とか、そういうことしかぜんぜん関心がなかったんですが、あぁ、やっぱり新聞というのは事件、事故だけではなくて、国際部のニュースがあったり、経済のニュースがあったり、教育問題の話があったりね、ときには暖かい人の話があったりね、いろんなものが詰まって初めて一個のあったかい新聞という商品を読者の方に出すことができるんだなぁ〜、ということをすごい学んだいい時間にもなりました。しかしながらこれが一年、一年半と経ってきたときにそろそろまた現場に出て、市民の方の声を聴いて政治家を取材してみたいなぁという思いがまた強くなったんですね。で当時かつて日歯連の記事をバンバン書いていたときに、他社さんの何人か他社さんの記者さんがなんか東京新聞にすごくがんばっている女性記者がいるなぁ、とまぁ目を掛けてくれた社があったんですね。彼らがうちに来てもう一回、社会部とか政治部とかね、いろいろ思い切って取材をしてみないか?という声を掛けてくれました。そのなかでいちばん、このわたしのしつこい、まぁ、事件記者魂を買ってくれて、なおかつ先輩と馬が合ったのが実はなんと読売新聞だったんですね(会場からは大爆笑が … もちろん、それがしも笑った!)。それでいろいろと悩んだんですがやっぱり読売新聞の先輩たちが、いちばん自分のこの性格をよく知ったうえで、お前ならうち来て事件記者として名を馳せていけるぞ!と一緒にがんばろう!といってくれたと思いまして、読売新聞を受けようと思ったんですね。それで転職の面接を受けまして、一次、二次、三次とクリアーして合格通知をいただきました。

 

 その次の日、読売の人事部に正式に行くか行かないかを言い渡してくださいと言われていた、その前日、まぁ、これもまた七年前に他界してしまったんですが、当時、生きていた私の父にひと言、「読 売 に 行 く よ !」とひと言いっておこうと思ったんですね。実はこの父というのが団塊の世代で非常にみなさんのようにアグレッシブな方で全国の労働争議( と聞こえましたが、もしや父親は弁護士か? ⇨実際には『業界紙の記者をしていたマスコミ人であった』とか )とかいろんなものに飛び回っていたひとでした。父は父自身がですね、「衣 塑 子 、お 父 さ ん は ち っ ち ゃ い こ ろ か ら 親 が こ う し な さ い 、あ あ し な さ い と 言 わ れ た こ と に ま っ た く 従 わ な く 、自 分 で 自 分 の 道 を 切 り 開 い て き た (会場からは笑い声が … いまの望月氏にそっくりだといわんばかりに?)、お 前 自 身 も お 前 の や り た い こ と を  xxx xxx  誤 ら な い 限 り は お 父 さ ん に 相 談 し な く て い い 、お 父 さ ん は お 前 が 決 め た 道 は す べ て 同 意 し て る か ら 、い い か ら 好 き に や り な さ い !」と いわれた 。進学も就職もそれまでにまったく相談することもありませんでした。しかしながら東京新聞に決まったよと言った時にすごくよろこんでいた父の顔をちょっと思い出しまして、あぁ、会社変わることくらいは言っといたほうがいいかなと思って、当時、父が仕事をしていた渋谷の近くのおでん屋さんに父を呼び出しまして、こうお酒を飲みながら、そろそろ現場に戻りたくて読売新聞に行くことに決めましたと告げたんですね。そしたら反対しないって言ってたんでね、初めは、「 あ っ 、そ う か 分 か っ た! 」と言ってたんですけど、そのあと二時間くらいでだんだんと焼酎がすすんできたらですね、いきなりボソっと、二時間後、「 う ぅ 〜  や っ ぱ り お 父 さ ん 、読 売 新 聞 だ け は 止 め て ほ し い !」(会場にはこの日一番の大爆笑が)「 あ っ 、そ う で す か? じ ゃ ち ょ っ と 止 め ま す 、お 父 さ ま!」と素直に従うような娘ではなかったんですけど、この父のそういうところが妙にこころにそのようにひっ掛かってしまいまして、結局ね、眠れない一夜を過ごして、次の日、読売の人事部にやっぱりもうちょっと東京新聞整理部でがんばってみようと思いましてと言って、まぁ、お断りをしたと、こういうことがあったんですね。

 

 おそらくいま振り返ってもあの父のひと言がなければ、私は確実に読売にもう行っていたと … そうするとですね、その後に巡り合った第二次安倍政権が解禁をした武器輸出解禁という、この動きに関しましても、わが東京中日新聞は戦後、憲法九条を柱に平和国家をつくるという、この流れと大きく逸脱する動きではないかということでたくさん批判的な記事を書かせてもらいました。まぁ、これは取りも直さず第二次大戦のときに多くの新聞社、わが東京中日新聞の新聞記者たちが非常に大本営の発布に則った報道をひたすら繰り返し、体制を xxx xxx みんなに多くの罪なき市民の方々を戦争の惨禍に扇動していったという、こういう負の歴史を抱えてるんですね。同じように二度と戦争に手を貸すメディアであってはならない!と、そういうことを会社の根幹にも掲げていますので、この武器輸出解禁の動きを非常に重たいというふうにたくさん重ねてもらいました。

 

 しかしながら、もしこれ読売新聞に行ってた場合は正にいまの安倍政権とまったく同じで日本の国防技術、軍事技術を高めるためには武器輸出を解禁し、海外にどんどん出すより海外と共同開発をやっていくべきだと、こういう論調ですので同じように防衛企業や防衛費を減らしても、私が書きたいようなタッチではおそらく一本の記事を書くことはできなかったと思います。読売新聞の場合は私のような現場のぺーぺーのいち記者が、多くのきょうのように市民のみなさんを前にして、いち取材の現場の記者として見ていてこう感じる!今の政治ここがオカシイなんてことを声を大にして発信させてもらう、これまず認めてもらってないと思います。それからねSNS、FACEBOOKやTWITTERですね、あぁ言うものを使って読売新聞社という肩書をもちながら取材の現場から、このニュースはこうみえる、こうじゃないか?みたいな、いま私がやっているような発信 xxx xxx も認めてもらえないです。きょう天国の父がですね、このわらびのくるるの空の上から「衣 塑 子 、 よ う や く パ パ の 気 持 ち が オ マ エ わ か っ た か ぁ 〜 !」(会場に再び大きな拍手と大爆笑が)xxx xxx (笑い転げていたので聞き取りできず!)

・・・ IC Reco. #17file より

 

この続きは「下巻」として追ってアップします!どうかご容赦のほど。

 

 

きょうも最後までお付合いくださいまして、ありがとうございました。

車は安全運転でお願いします!

 

 

 

 

 

 

 

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