(1981年 春) 犬が 「日本語」 を覚えた話 〜 向田邦子講演CDより  

  • 2018.03.26 Monday
  • 01:48

 

こんにちは

 

お元気ですか?

 

桜が満開となりました。

今年はちょっと撮りにいこうかなと思っていますが … 。

 

さて、鳶の親方とボクサー犬の話しです。

以前から書こう書こうと満を持しておりました(偉そうにすみませんが!)。

向田邦子の登場であります。

興味のある方はちょっとお付き合いください。

 

 

 

「犬が日本語を覚えた話」

 

 私は猫を飼っておりますけども、なぜ猫を … まぁ、昔は犬も飼っておりましたけ

ど、なぜ動物を飼うかと言いますと、動物は言葉を言わないからだと思うんです。

私は言葉を使って、まぁ、喋ったりひとに喋らせたり、書いたりして暮らしておりま

すと言葉を使わない生き物がいて、それが人間に似た喜怒哀楽をもって私の周りを動

いているのを見るっていうのはとても、まぁ、私にとっては気の休まることでもあり

ますし、このごろは勉強になるっていうとちょっと真面目っぽく聞こえますけれど

も、とても面白いんですね。

 

そのことはずっと気がつかないで動物を飼っていたわけですけども、これももう大分

前になりますけれども、私の近所に居た鳶の親方が、あっ代々の鳶で、あの〜学校は

小学校がやっとっていう、まぁ七十くらいの鳶のおっつぁんなんですけども、そのひ

とがやって来まして、困ったことが出来ちゃったっていうんですね。あの出入りして

いるアメリカ人が国へ帰ることになって、行ったら、お前は犬が好きか?といわれた

んだそうです、その鳶の親方が。大好きだと言ったらば、当分の餌代とかそういうも

のをあんたにあげるから犬を飼ってくれないかと、犬を外国に連れて行くと検疫とか

いろいろ面倒なことがあって可哀想だし日本の風土で馴染んじゃったからと。とって

 

その優しいボクサーなんでもらうことにして、もらったんだけれども、これが日本

語が通じないっていうんですね。(会場から小さな笑い声が )あのねぇ餌は食べない

し、あの〜立ったら立ちっぱなしだし、もうどうすることもできない!で私に「あの

〜あんた英語が分かるかねぇ?」っていうんですよ。私、英語なんかぜんぜんダメな

んですけどね、念のためにその犬小屋というところに行ってみたんです。そうしまし

たら鳶の家はあの〜材木置き場みたいなとこに、その犬はボーっとして立っておりま

した、なんか痩せっちゃって可哀想なんですね。で私が念のためにスィダウンって

ったらね座るんですよ!私はもう外国行ってもぜんぜん日本語がもうこの通りのヘタ

 

な発音ですから通じないんですけど、スィダウンと言ったら犬が座ったんで私はほん

とうにうれしくなりましてね、(会場からは賑やかな笑い声が起きる)それから餌を

持ってきてもらって、イートって言ったらね食べるんです。でこれはうまいと思っ

て、バァウ!って言ったらね、ワウン!っていうんです、つまりバァウっていうのは

吠えろって意味ですけども。それでね、お手はハンドっていうのかと思っていたらお

手は黙ってするんですけどね。しょうがない … あっ、もちろんハウスっていうとあ

の犬屋に入るわけです。それは私の友達が犬を飼っていまして、あのジャーマン

シェパーというのは訓練士につけますと、英語で命令するんですねストップとか。

 

そのこと聞いていたので、まぁ多少のそのくらいのことは言えたわけです。そう

ましたら、その鳶の親方はもともと私のことを非常にバカにしていたわけです。つま

り、「あんた、なに屋だね?」って、私、言われまして、あの〜 まあ「放送作家って

いうのよ!」と言ったら、「ハァ〜?」なんて(会場から笑い声が)それで、「あ

んた森重の書いてんだってねぇ」なんて言って、「あんな利口なひとの言うのを書く

のは大変だろ!」って言うんで、あの利口なたってドラマの利口そうなことはみ

私が書いてんだと思ったんですけど(再び会場から…)、まぁそう言うから「そうね

ぇ!」なんて言ってたんです。そうしましたら、そのあとに四角い伐れっぱし持って

 

きまして、「あんた書いてくれよ!」って言うからなに書いてくれって言うのかと思

ったら、表札書いてくれって … で、どうも聞いてみると、私はあの森重さんが言って

ることを書いている人間じゃなくてガリ版を切っているひとだと思ってたらしいんで

す。そうじゃないって言ったんですけども、まぁ、どうも放送作家に関してはなにを

やってんだかぜんぜん分からなくて、うさんくさい目で見ておりましていい歳して嫁

にもいかないし、夜、起きてゴソゴソやってるし、なにやってんだこいつっていう目

で、いつも冷たい目で見られてたんですけど ・・・その犬に喋らせたときは大変私は

あの〜こう、ちゃんとした目で見てもらえました。それから、そのおじさんは今度、

 

板っ伐れもって来たんです。これは大きな板っ伐れで、それにサインペン持って来ま

して「書いてくれ」って言うんですね、ですからイートって書いて食べろとか、あの

バァウって書いて吠えろとか、スィットダウン、坐れとか、あの書きましてね、

で渡したんです。そしたら大変喜びまして私はちょっとなんかもらっちゃったりした

んですけど(本人と一緒になって再び会場から)それであの〜、それから二三日して

行って見ましたらば、犬小屋にそれがあの打ち付けてあるんです! (再び大爆笑が)

それであの聞きましたらば、やっぱりおじさんが最初の日は … やっぱり、まぁそこ

はちょっと私も英語で五年くらい月謝払いましたから多少おじさんよか良かったんだ

 

と思うんですね … それでおじさんが言っても二三日は言うことを聞かなかったそう

ですけども、それから犬はバァウというと吠えるようになったということを聞いたん

です。ところが一年くらい経ってまたその家を覗いて見ましたら、その〜板っ伐れは

犬が引っ掻いたのか?なんで汚れたのか?もうほとんど読めなくなっておりました。

そしてどう言ってんのかなと思ったら、おじさんは「おう、坐れ!」とかなんとか

言ってぜんぜんスィダウンじゃないんですね!ですからおじさんが英語を覚えたん

じゃなくて、犬が日本語を覚えた!(会場は爆笑の渦と化して)で私はそのときツク

ずく言葉っていうのは、あの言葉でもありますけどもイントネーションというか、

 

の〜音なんですね。ですからおじさんがスィダウンと主張して「坐れ!」って言うと

その坐れと言ったおじさんの顔とか雰囲気とか声とか仕草を犬が見て、まぁ、でも犬

気持ちは分からないんですけども、恐らくこれはスィダウンだなとそのボクサー奴

は思ったんだろうと思うんですね。おじさんもきっとこいつは日本語ができないんだ

から、俺は英語をヘタだからというんでおじさんも少しその犬の急にアメリカ人に帰

られっちゃって、頼りなく思っている言葉の通じない犬っていうものに対して日本の

その日本語のできる犬よりも、少しこうゆっくり思いやりをこめてスィダウンとヘタ

な英語でいう代わりに「おう、坐んな」とかなんとか言ったんじゃないかと思うんで

 

すけども、その犬はとってもその家で可愛がられまして勿論英語は一言もそれから喋

らずに日本語の犬として命を終えたようです。まぁ、私は言葉ができません外国へ行

くと、でもあの犬のことを考えると少し自信が湧いてきまして、私も英語がまったく

できなくていいかげん五か国語辞典というのを持っちゃ外国へ行くんです。今度、

28日からまたニューヨーク行くんですけども、私も考えてみるとスィダウンとバウが

くちに合うんですけれども、それでもなんとか食べたいものを食べて見たいものを見

て、行きたいところへ行って、まぁ、どうにかこうにか辿りついて帰ってくるのは …

まぁ、私も考えたあの犬と同じだなと思うことがありますね、ですから外国の方が鳶

 

おじいさんみたいな気持ちで接してもらえたときに、私は分からない英語が分かっ

たような気持ちになるし、向こうのひとも私のヘタな文法の間違った英語を理解して

きっと食べたいものが出て来るんだろうと思って、犬と私と鳶のおじいさんの三角の

関係っていうのは言葉というものを理解する使っていくひとつの手がかりなっている

んじゃないかと思うことがあります。もう犬は四五年前に死にましたけれども見るた

びにとっても優しくなっていい顔をしておりましたから、そんなに寂しくなくて、

まぁ、アメリカ人から鳶のおじさんになっちゃったわけだからずいぶん環境が変わっ

たわけですけれども、幸せな人生だったと思います。

 

 

 

以上、向田邦子「言葉が怖い」講演・新潮CDよりご紹介しましたが、今回の話しはヘタをすると「意地悪な話」になり兼ねない?そんな危うさを秘めているように、それがしには感じられましたが、そこはさすがであります。最終段にきて鳶のおじさんのこころ模様をほんわかとした思いやりと優しさでみごとに表現されていました。

今は素直におじさんとボクサー犬に逢いたくなりました!ワンワン!

 

それにしても早いものですね、あれから直に37年間が過ぎようとしています。

合掌

 

 

 

           

 

 

「講演嫌いの向田さんが亡くなる半年前に行った講演会の模様を収録した貴重な声の記録」と本CDジャケットにありました。収録内容(全8話 76分52秒)は、以下の通りです。

 

  1.  金属バット事件を起こしたひと言

  2.  外国人にとっての言葉の重み

  3.  森重さんの二つの名スピーチ

  4.  犬が「日本語」を覚えた話

  5.  野生の獣の以心伝心

  6.  江戸落語のしゃれたひと言

  7. 「とっさのひと言」に思うこと

  8. 「馬鹿野郎」も「畜生」もあったほうがいい

 

 

しかし、ほんと懐かしさが込みあげてきます、こころより新潮社さんに感謝します。

ありがとうございました。

頓首

 

 

 

向田邦子

1929(昭和4)年11月28日東京生まれ。実践女子専門学校文科国語科卒。編集者を経てラジオ・テレビのシナリオライターとなる。「森重の重役読本」「だいこんの花」「寺内貫太郎一家」「あ・うん」等、代表作多数。1978年「父の詫び状」で作家デビュー。1980年「花の名前」「かわうそ」「犬小屋」(『想い出トランプ』)で第83回直木賞受賞。1981年8月22日、航空機事故で死去(本CD解説より)。

 

 

 

 

ではでは。

 

今日も最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございました ワン!

 

 

 

 

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