スノーデン独占インタビュー(5 / 5 最終回)〜監視が抵抗の声を押しつぶす時、未来は消滅する

  • 2016.07.05 Tuesday
  • 20:18

 

こんにちは

 

さっそくですが、またの話しで恐縮です、まさに「さまよえるユニオンジャック」はどこへ行く !!!  やれ、やり直せだの後悔してるだの果ては独立記念日だ! とかって絶叫していた人物は雲隠れ? これまで何でもありの世界はアメリカだけと長いこと思っていたけど … やっぱり世の中一寸先は闇だった ?!  しかし、国民投票って過半数ではなくて2/3くらいが妥当かな?(より現実的?) なんて考えてしまいますが、どうなんでしょうか? まぁ、いくらなんでも再投票は無しでしょ! と個人的には思いますが。

 

しかしながら、政治に疎いそれがしでさえメルケルやオランドの胸中は想像できます! ちなみにメルケルさんとオランドさんは同い年なんですね、ともに1954年生まれで御年61歳です。ここしばらくはヨーロッパから目が離せません … 今朝(7/2)の日テレは、EU議場で「なんでここにイギリスが居るんだ!」と激怒するユンケル委員長の姿に被せるように「イギリスは大後悔時代の幕開けだ!」と揶揄?していて、それがし思わず手を打ってしまいましたが … 今日(7/5)の朝デジは、ロンドン4日ロイター伝として、英独立党(UKIP)のファラージ党首が予想外の辞任表明と伝える一方、キャメロンの有力後継候補と見られていたジョンソン前ロンドン市長は出馬辞退を表明したとか ……… もうめちゃくちゃでござりますがなって、誰かぁ〜 ??!! 失礼しました!

 

お元気ですか?

 

 

 

 

 

 

さて、スノーデン独占インタビューの5回目ですが、今回が最終回と相成りました。

そして、今回の見出しは

 

 

 「監視が抵抗の声を押しつぶす時、未来は消滅する」

 

 

とあります。が正直、そう言われても、今のそれがしにはピンと来ないんですが … 。

 

最初にお断りしておきますが、残念ながら今回はスノーデンの話し「実話」はほんの少ししかありませんでした。それよりも、本文の最終段は戦後日本の政治について、また集団的自衛権とか特定秘密保護法に絡んだものです。それがしにはあまりにも一方的な文脈と感じたので、正直、途中で止めようと思ったのですが、それも本意とは言えないので続行しました。 正直言って、政治の話しは難しいです。 ここで政治の話しはしたくない! これが個人的にですが素直な気持ちです、そう感じます … 早い話しが、今のそれがしには、残念ながら昔みたいにめちゃ絡んでしまった釣り糸を根気よくほぐしていく、十分な体力と精神力?が消え失せてしまったようです ・・・ 失礼しました、先を急ぎましょう! 最終回でした本題に入ります、

 

 

 

 

 米国世界監視システムを告発した元NSA契約職員のエドワード・スノーデン氏(33)への、日本人ジャーナリストによる初の独占インタビューは大きな関心を集めている。最終回を迎える今回は、監視による体制批判の圧殺、NSAと民間企業との連携、そして監視がいかに戦争と密接に結びついてきたかを暴露する。

 

エドワード・スノーデンが本インタビューで筆者に語ったことは、米国家安全保障局(NSA)が世界中のインターネット会社、通信会社を取り込んで建設した、驚くべき電子監視網だけではなかった。徹底的に不平等な日米関係、諜報拠点となっている米軍基地と米大使館、自らの利益のために客に嘘をついても政府に協力する企業、ネットに侵入して世論を操作する政府、大量の情報を得ながらテロを防げない治安機関、盗聴システムを私的に乱用するNSA職員、委縮する報道機関、そして監視の受容を促す「隠すことがなければ恐れることはない」というイデオロギーの浸透 ── 本連載では、こうした国家の秘密の闇に巣食う一つ一つの事象を指摘してきた。しかし、これでもまだ無差別監視の問題点をすべて伝えたとはいえない。

 

NSAは「対テロ戦争」の下、世界監視網を構築した。しかし反米テロの可能性が低い日本を含め、世界中の人々の通信を傍受している。これは権力が根源的に持つ、すべての人間への疑いと敵対心を示してはいないだろうか。スノーデンは監視の行き着く先をこう言い表した。「監視は最終的に、権力に抗する声を押しつぶすためにつかわれてきます。そして反対の声を押しつぶすとき、僕たちは進歩をやめ、未来への扉を閉じるのです」。だとすれば、監視は私たち一人ひとりの心の声を奪い、人間性の退化と死を促しているといえないだろうか。

 

 

 NSAは世界最大の監視の「生産者」

 

 

NSAは長い間、謎の機関といわれていた。そのウェブサイトによれば、第二次世界大戦中に日本とドイツの暗号を解読した米軍の業務を引き継ぎ、1952年にトルーマン大統領が設立。米国防長官直属の軍事機関であり、米軍の司令官が代々長官を務める。信号諜報(SIGINT・シギント)と防諜を主要業務とする。

 

その監視システムの数々が史上空前の規模であることは、スノーデンの告発によって初めて明らかになった。連載第2回(6月19日号)で日本に関係するケースを詳報したように、通信会社の海底光ケーブルの上陸地点から情報をすべて吸い上げる、インターネット会社のサーバーからデータを大量転送させるといった手法のほか、対象コンピューターにウイルスを感染させて、すべてのキー操作、閲覧画面を見られるようにするハッキング部隊も有する。米国外に輸出されるルーターやサーバーといったネットワーク機器に監視ツールを埋め込んで出荷し、NSAのデータベースに情報を送信させる作戦も行う。通信衛星も駆使し、まさにあらゆる手段で情報経路に電子スパイを忍び込ませる。

 

その結果、スノーデンが「スパイのグーグル」と呼ぶプログラム「XKeyscore・エックスキースコア)によって、個人の名前やキーワードから通信内容を検索することまで可能になった。膨大な予算と人材を手にするNSAは企業と連携して、ネット上の「盲点」をなくすべく、監視技術を開発する。スノーデンがコンピューター会社デルの社員として来日し、米空軍横田基地(東京都)で働いていたように、軍と一見なんの関係もなさそうな会社がNSAの別動隊を務める。NSAはまた、米国で最大の数学者の雇用先といわれ、大学や大学院を卒業したばかりの大勢の数学者たちを毎年、アルゴリズム(演算法)設計のために採用する。米国の軍産複合体は今、軍 ─ 監視 ─ 情報産業複合体へと成長を遂げている。後述の衛星通信やインターネットのように、軍事分野で開発された技術はのちに商用に転用されていく。

 

NSAは諸外国にも資金を提供し、監視を育成する。2012年度の「海外協力国総括」ではパキスタン、ヨルダン、エチオピアと並び、なんと日本も資金提供先に名を連ねる(176ページ下図)。表からは少額に見えるが、それでも10万ドル(約1000万円)には近いようだ。だれが受け取り、何に使ったのだろうか。世界最大の監視の「生産者」がまさにNSAだといえる。

 

 

 多様な声を封じる

 

 

規模と性質において新しいNSAシステムも、だが、社会的背景を見れば過去とつながっている。米国は米ソ冷戦下で軍の監視機能を急速に強化した。その最前線であった日本ではSIGINTが稚内、千歳(北海道)、三沢(青森)、嘉手納(沖縄)など約100カ所にまで膨らんだ。米国内では、1950年代にマッカーシズムの「赤狩り」が国務省からハリウッドまで吹き荒れ、60年代の公民権運動下ではマーティン・ルーサー・キングが、その後のベトナム反戦運動下ではジョン・レノンが、女性解放運動下ではフェミニストたちが、国家の「脅威」として監視の標的となってきた。「こうした過去を私たちはすぐに忘れてしまう。あるいはもう終わったことで、いまの世の中では起きていないと思ってしまう。けれど実は同じことが継続しているのです」とスノーデンは指摘する。彼は例として、警察官がアフリカ系の若者を射殺した事件をきっかけに起きた「Black Lives Matter(黒人のいのちだって重たい)」運動を挙げた。この抗議運動を米連邦捜査局(FBI)は高性能カメラを搭載した航空機で監視していたことが報道されている。

 

「言論の自由や信教の自由といった権利は、歴史的に少数者の権利です。少数者が政府に抵抗する基本的人権を奪われれば、社会の多様な意見は消され、生来のよりよい選択肢を失うことになる」民主主義を内側から蝕んできた監視システムの姿が、過去に垣間見えた瞬間があった。2000年に欧州議会が調査した国際盗聴網「ECHELON・エシュロン」もその一つだ。1988年に初めてエシュロンを報じた英国のジャーナリスト、ダンカン・キャンベルは「NSAの監視システムはエシュロンそのものだ」と言い切る。エシュロンは第二次大戦における連合軍の通信傍受システムに起源をもち、米国を主体とする「ファイブ・アイズ」(イギリス、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ)が66年に設置。「FROSTING・フロスティング」と呼ばれる盗聴プログラムの一部として、旧ソ連の通信衛星を標的とする部門と並び、西側諸国の商用通信衛星ネットワーク「インテルサット」を対象とする部門がエシュロンと呼ばれた。この全体像はスノーデンの告発によって確認された。

 

欧州連合にとって、英米が同盟関係にある西側諸国を盗聴していることは寝耳に水の衝撃だった。監視が経済競争という新たな分野に防諜していることを、調査は明らかにした。74年に英米2カ所に設置された衛星通信傍受用の巨大アンテナは、2000年までに協力国17カ所の120本、15年までに232本と加速度的に増加していることを、キャンベルらはつきとめた。これらが現在のNSAシステムに合流している。キャンベルは大量監視システムはいまだに存在が隠されている秘密軍事部隊。このネットワークが広がるほど、市民社会は弱体化する」と警告する。

 

 

 「愛国的」市民も

 

 

第二次大戦、いわゆる冷戦期、そして現在の「対テロ戦争」と、監視技術は常に戦争とともに新たな段階へと移行し、標的を広げてきた。スノーデンが最初に機密文書を明らかにしたジャーナリスト、グレン・グリーンウォルドらが設立したオンライン新聞「インターセプト(傍受)」は、NSAが02年から08年に集中的に監視した7485のメールアドレスのリストを検証し、多くが「外国人」に属する半面、米国市民であるムスリム(イスラム教徒)のリーダーたち5人を対象としていたことを報じた。いずれも弁護士や大学教授など高い社会的地位にある男性で、対テロ戦争下の米国で「愛国的」「模範的」ともいえる活動をしてきた市民も含まれていた。5人ともテロとの接点は何もなかった。その一人、ファイサル・ジルは自分を「非常に保守的で、レーガン(元大統領)を愛する共和党支持者だった」と形容する。8歳で両親とともにパキスタンから米国へ移住。大学で法律の学位を取得して海軍に入り、9.11後のブッシュ政権下でホワイトハウス、のちに国土安全保障省で働いていた。上級政策アドバイザーとして極秘情報の取り扱い許可を取得。監視対象となった理由はただ一つ、自分の生まれと名前がムスリムと推測されるものだったからだと考えている。

 

弁護士のアシム・ガフールは、インドから移住したムスリムの両親の下、米国で生まれた。下院議員の立法アシスタントとしてワシントンで働き、9.11後にムスリム団体の顧問弁護士となった。「インターセプト」には彼がブッシュ元大統領、クリントン前国務長官と握手する写真が掲載されている。NSAに電話を盗聴され、メールを読まれていたことに憤っても、ガフールは「私はアメリカを愛している」というほどに「愛国的」だ。もちろん、政府にもっと批判的な立場を取ってきたムスリムたちも監視されていた。「イスラム嫌悪」が激化する米国で、国内のムスリムの権利や統合を提唱していた。当然のことだが「ムスリム」と色分けされる人たちもそれぞれ違う考えを持ち、違う行動をする。彼らが疑われた理由は、秘密主義の手続きによって不確かなままだ。つまり、監視に明確な基準はなく、たとえあったとしてもそれを確認する手だてはない。だから彼らは異口同音に言う。「自分が監視対象になるなら、だれもがなる可能性がある。次はあなたの番かもしれない」

 

 

 人種差別的な識別技術

 

 

だが、日本の私たちは、この際限なく広がる権力の疑いを、すでにどこかで体験していないだろうか。第二次大戦中の日本では、特高警察が人々の思想と行動を取り締まり、隣組制度を通じて密告が奨励され、知人や隣人までもが現代の監視カメラの役割を果たしていた。いかに今日「愛国的」「模範的」であっても、明日には「非国民」と非難される可能性に日本人はおびえてきた。と同時に、戦争に明け暮れていた近代の日本は、国外の占領地、植民地では格段に厳しい監視を実施していた。植民地だった台湾、朝鮮では言語、生活、文化まで日本への同化を強要し、従わない人々を洗い出しては罰した。日本が「満州国」の設立を宣言した中国東北部では、指紋を使った個人識別制度を導入し、住民や労働者の動きを見張った。国内の朝鮮出身者もまた、「協和会手帳」とよばれる身分証の取得と携帯を義務づけられた。監視の現在は日本の過去ともつながっている。

 

身分証明書、IDカード、指紋や虹彩などの生体認証といった現代の識別技術は、実はその多くが近代の戦争と植民地支配のなかから発達してきた。指紋は英国警察が植民地インドで人々を見分けるために研究し、やはり植民地だった南アフリカでテストした。白人の目から見たカラード(有色)の個体識別のための技術であり、カラード全体への抜きがたい不信が開発の背景にあった。現代でも、米軍は占領地アフガニスタンやイラクで住民に対し最先端の生体認証技術を使用し、欧州の植民地だったアフリカ諸国には先進国の企業が電子身分証を盛んに売り込んでいる。戦火から着の身着のままで逃れてきたアラブ系、アフリカ系の難民も、公的援助を受け取るために身体情報の提供を容赦なく課される。監視の技術は、極めて人権差別的な科学の実践の軌跡を描いている。

 

 

 日本で悩んだスノーデン

 

 

スノーデンはインタビューの冒頭で、日本で過ごした2年間を「僕の人生の最良の時期に入る」とコメントした。が、日本は彼にとって悩みの地でもあった。日本で彼は、米軍の無人機によって殺される運命にある人々の監視映像をリアルタイムで見た。「日本のNSAで多くの時間を過ごすほど、こうしたすべてを自分の中だけに留めておくことはできないと感じるようになっていきました。すべてを公の目から隠すことを事実上手助けをしていることに、苛まれるようになったんです」とグリーンウォルドに語っている(同著『暴露』、新潮社より)。

 

NSAシステムは戦場の死と直結し、日本を含むグローバルな監視体制は世界の支配構造を露わにしている。日本は集団的自衛権の行使を認めて戦場に近づき、特定秘密保護法によって米国の監視システムにも同調している。戦争と監視は互いを養い合う。スノーデンは言った。「でもここで考えなくてはいけません。日本が世界に影響を及ぼす主な手段は、軍事力ではなかったはずですよね?日本は憲法で軍事力を放棄し、もう軍事力は必要がないと決めたのではなかったのですか?自分たちは代わりに研究や経済の分野、産業や貿易に主眼を置くと。日本はフェアにプレーするけれどもきっと勝つ。なぜなら懸命に働いて、高い品質の製品を提供し、世界の人々の生活を向上させるから、と僕は理解していました」「僕はプライバシーという点で、日本の人々はその価値をよく分かっていて時代を先取りしていると思っています。僕たちは自分の尊厳を守るために、プライバシーという囲いが必要なことを。僕らがなにを考え、どう暮らし、互いに愛しあっているか、僕らがありのままの姿でいることを、世のだれにであれ、のぞき見されて決めつけられる筋合いはないと」

 

そして日本の読者に向けて、こう言葉を締めくくった。「これは日本のすべての人々に考えてほしい、とても重要な問題です。僕たちの権利は今、地球規模の監視によって脅威にさらされている。人権は法律で保障されているけれど、法律書に書かれた文字は飛び出して僕らを守ってはくれません。人権を守らせる新しい方法が必要なのです。例えばあなたが技術者なら、監視に対抗できる強力な暗号を考えるといった・・

・日本の市民だけではない、中国、米国、ドイツ、いや国籍のない人々、すべての人々の権利を守るためにです」

権力の猜疑心が限りなく広がっていく戦時下で、監視は最先端の技術によって人々が最も心を許す、日々の場面にまで入り込む能力を手に入れた。いのちをかけて真実を知らせたスノーデンに、私たちはなんとこたえるのだろうか。(文中敬称略)

 

 

以上ですが、「最終回」いかがでしたでしょうか?

 

それがし、正直に言ってこの最終段のスノーデンの語りについては、失礼ながら「意味不明」と感じます! うまく説明できないんですが、ちょっとあまりにも現実感に乏しい気がしてきます。勿論、受け止め方はひとそれぞれでありますが … しかし、あれから3年の月日が流れたんですね、モスクワなんかに居ないで帰っておいで!と大声で叫びたい気分であります。とは言ってもやっぱり無理ですかね ??!!

 

 

今日も最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございました。

梅雨は明けていません、どうか、車の運転は安全第一でお願いします!

 

 

 

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