2018Sep21【 今日の一冊 】向田邦子との二十年 久世光彦(著)

  • 2018.09.21 Friday
  • 14:12

 

こんにちは

 

 さっそくですが、先日、amz. より購入した本書にすっかり取りつかれてしまって、身動きができないでいます。実はこちら、その昔、広島を離れるときに処分してしまった一冊でした … 当時、著者である久世光彦にはそれがし陰ながらヤキモチを焼いていたふしがありまして? それから早や8年後のある日に amz. から届いた誘惑(勧誘?)メールに屈してしまい(笑)!  今、こうして再会しましたが … その結果、やっぱり、やっぱりいいなぁ!とその感慨に耽っているところですが、ふとここに紹介したくなりました。ちょっとお付き合いください … とその前にこちらの一句を! 

 

 本書の 319 p. にありましたが、いいねぇ〜 万太郎! … それがし、幾度か身に覚えがありまする!… こうして秋は小さな足音をたてながら深まっていきます でもちょっとイチャモンを、わすれてならぬとくると仇討ちとかみたいで?なにやら不穏当な雰囲気を感じて、それがしみたいな小心者は反射的にどこか身構えてしまいます。そこで、それがしだったら、優しくこういきたいですね、『 秋風やわすれてはいけない名を忘れ 』いかがでありましょうか? はぃ、万太郎さま! 失礼しました!… おあとがよろしいようで。  

 

 

 

  秋風やわすれてならぬ名を忘れ    久保田万太郎

 

 

 

 

 

 

【 今日の一冊 】

 

  向田邦子との二十年

   久世光彦

 

 

 

 

 

 

 2009年四月    十   日 第一刷発行

 2017年五月二十五日 第七刷発行

 著    者 久世光彦(くぜ・てるひこ)

 発行所 株式会社筑摩書房

 

 

 

 

 

 こちらが興味津々の目次です、

 

 触れもせで

 遅刻 

 財布の紐

 漱石 

 名前の匂い 

 爪  

 昔の大将 

 春が来た

 私立向田図書館

 ゆうべの残り

 おしゃれ泥棒

 三蹟

 触れもせで

 青空、ひとりきり

 弟子

 雁の別れ

 アンチョコ

 ミス・メモリー
 小説が怖い
 上手い
 恭々(うやうや)し
き娼婦  
   ラストシーン
 お母さんの八艘飛び
 三変わり観音
 死後の恋

 向田邦子熱 ─── あとがきに代えて

 夢あたたかき
 待ち合わせ
 縞馬の話

 ひろめ屋お邦

 昨日のつづき

 転校生

 姉らしき色(1)

 姉らしき色(2)

 イエとウチ

 間取り

 夢あたたかき

 帽子

 友あり

 叱られて

 向田邦子ファン

 祭りのあとの

 女正月

 いつか見た青い空

 さらば向田邦子

 

 座談会 忘れえぬ人

     加藤治子・小林亜星・久世光彦

 

 あとがき 

 

   *

 

 向田邦子年譜

 

 解説 いくつもの顔を持つ人 荒井 信

 

 

 

久世光彦(くぜてるひこ)

(1935 - 2006)東京生まれ。東京大学文学部美学科卒業。演出家、プロデューサーとして「寺内貫太郎一家」、「時間ですよ」などテレビ史に残る数多くのドラマを制作した。92年「女正月」他の演出により芸術選奨文部大臣賞を受賞。作家活動としては94年「一九三四年冬─乱歩」で山本周五郎賞、97年「聖なる春」で芸術選奨文学部門文部大臣賞、98年紫綬褒章など数々の賞を受賞。他に「美の死」「むかし卓袱台があったころ」「へのへの夢二」「百寮萓厳遒鯑Г燹廚覆病真堯碧椽颯バー書きより)。

 

 

 

 

p.s.,

しかし、安倍くん、性格悪いねぇ〜!

そこまでヤルかね ??!!

でぇ─、嫌れぇだぁ〜 !!!

 

お〜ぃ、エンリケ航海王子 !!!

 

 

・・・失礼しました!

 

以上です。

 

 

 

ではでは。

 

今日も最後までお付合いくださいまして、ありがとうございました。

冬将軍よ、この夏は尋常でなかったのでどうぞお手柔らかにお願いします!

車の運転は安全第一でお願いします。

 

 

 

2017.11.30 【今日の一冊】 中東から世界が崩れる 〜 高橋和夫

  • 2017.11.30 Thursday
  • 23:22

 

こんにちは

 

早速ですが、先日は容量不足で失礼しました。

ここに急ぎ、本書、「 中東から世界が崩れる 」をご紹介します。

 

なお、本書の腰巻には、" 国交断絶は予兆に過ぎない " と偉くドスの効いたものでありますが、かがみの添え書きを読んで納得でした。その添え書きとは … かつて「悪の枢軸」と名指しされるも、急速にアメリカとの距離を縮めるイラン。それに強い焦りを覚え、新しいリーダーの下で強権的にふるまうサウジアラビア。両国はなぜ国交を断絶したのか?新たな戦争は起きるのか?ISやシリア内戦への影響は?情勢に通じる第一人者が、国際政治を揺るがす震源地の深層を鮮やかに読みとく! とありました。

 

 

 

中東から世界が崩れる

イランの復活、サウジアラビアの変貌

著者 高橋和夫

発行所 NHK出版

2016(平成28)年6月10日 第1刷発行

 

 

 

 

 

こちらが、目次です …

 

中東から世界が崩れる ーーー イランの復活、サウジアラビアの変貌 目次

 

はじめに ーーー 中東というブラック・ホール ・・・?

 

第一章「国交断絶」の衝撃

サウジアラビアとイランの国交断絶/宗派も民族も政体も違う/仕組まれた騒動/サウジアラビアが警戒する「包囲網」/中東の勢力図/ペルシャ湾が持っている価値/もともとアメリカはイランに期待していた/サウジアラビアの「勘違い」/国交断絶が及ぼす影響/イランに向けたメッセージ/最大の影響は聖地巡礼?/

 

第二章 イスラム世界の基礎知識

キリスト教は素晴らしい、でも・・・/異教徒に寛容なイスラム教/どのようにイスラム教は広まったか?/被抑圧者の宗教/イスラム教が分裂した理由/なぜイランはシーア派国家となったか?/本質は宗派対立ではない/イスラム過激派の台頭/絶望の果ての過激化/徹底した欧米のイスラム主義嫌悪/中東の共和制国家/中東独自の「民主的君主制」/アラブ人とペルシャ人の違い/イスラム教が民族をつなげた/「文明の衝突」から「文明の融合へ」

 

第三章 「悪の枢軸」・イランの変質

歴史的なイラン核合意/アメリカとイランの深い因縁/根底にある被害者意識/オバマ大統領のレガシー/模索されていた関係改善/クリントンが見せた手のひら返し/何度も裏切られたイラン/軍事利用か平和利用か/ロウハニの微笑路線/ニクソン訪中にも似た打算的手打ち/「反アメリカ」の旗印は変わらない/核合意が周辺諸国に与える影響/孤立するイスラエル/ロウハニに寄せられた支持/最高指導者が本当のトップ/イラン人が持っている大国意識/イランは中国モデルをめざすのか?/大きな可能性を持つイラン市場/アメリカ人はイランで商売ができない/イランの軍事的存在感/「反イスラエル」の代弁者として

 

第四章 「国もどき」・サウジアラビアの焦り

国と "国もどき" /中東に "国" は三つしかない/英仏が引いた国境線/ "国もどき" の代表格・サウジアラビア/サウジアラビアは「中東の盟主」ではない/サウジラビアが金で買っているもの/サウジアラビアとアメリカの蜜月/サウジアラビアのロビー活動/王室の世代交代/ムハンマド副皇太子の暴走/イランへの警戒心/革命の飛び火を恐れる王族たち/なぜイラン革命は広がらないのか?/古い社会構造が革命を支えた/サウジアラビアの原油安政策/「シェール革命」への対策/サウジアラビアの国益/財政危機が体制を脅かす

 

第五章 国境線の溶ける風景

各地で起こる内戦/アフガニスタン内戦 ーーー米ソ冷戦の残響/息を吹き返すターリバン/アフガニスタンにISと中国の影/イラク内戦 ーーーアメリカが生んだ不安定と安定/「時代遅れ」のパウエル・ドクトリン/デパート基地からコンビニ基地へ/イラクという名の国家幻想/シリア内戦 ーーー「アラブの春」からIS台頭へ/多数派を支配する少数派/ISは都合のいい存在/アメリカ製の兵器が流れを変えた/シリアのキリスト教徒たち/「ロシアの花嫁」を守る/イエメン内戦 ーーー伝統的部族社会の困難/サウジアラビアの過剰反応/国旗を掲げた部族連合

 

第六章 テロと難民

ISという鬼っ子/IS包囲網は成立している/窮地に追い込まれたIS/次々とISに寝返る過激派/変化したテロ戦術/テロを防ぐ三つの方法/史上最多の難民をどうするか/いかにシリアを安定させるか/唯一の勝者となったクルド人/分割と再編も選択肢

 

第七章 新たな列強の時代へ

「列強の時代」が復活した/ " やる気 " を失ったアメリカ/アメリカが抱えたトラウマ/ロシアが学んだ教訓/中国が中東に入れ込む理由/中国で育っている中東専門家/距離を置くヨーロッパ/トルコとクルド人/エルドアンの「新しいクルド政策」/地域諸国と域外大国の衝突/トルコの脅威認識/トルコとロシアの綱引き/眠れる「アラブの盟主」/イスラエルとロシア/見えてきた中東大再編

 

終章 中東と日本をつなぐもの

日本に対するイメージ/家電と自動車の国/イランやイラクを支えた日本/日本人が築いた「善意の基盤」/パレスチナと日本/「善意の基盤」を守り継げ/日中の協力が必要/知のインフラを整えよ

 

編集協力 宮島理/校閲 大河原晶子・福田光一/DTP 角谷剛/図表作製 原清人

 

以上です。

 

 

p.s.,

それがしの個人的な気持ちです、繰り返しますが本書はほんとにいい本です。

日本中の中学生、高校生に、是非、読んでもらいたいと思っています。

 

 

きょうも最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございました。

年末年始、車の運転は安全第一でお願いします。

 

 

 

2017.8.1 夏の夜の一葉は、哀しからずや

  • 2017.08.01 Tuesday
  • 19:31

 

こんにちは

 

はい、いきなりパクってしまいました。

失礼しました。

 

 

夏の夜の博覧会は、哀しからずや

雨ちよと降りて、やがてあがりぬ

・・・      中原中也

 

 

 

最近、まとまった雨が降っていないような? そんな気がしていますが、夏本番になってからの水不足が心配ですね … てなこと言っていたら、本日(8/1)こちらは大雨でありますが・・・。


お元気ですか?

 

 先月のこと、某BS(NHKBS 2017Jun16?)にて「プレミアムカフェ選 恋する一葉 平成の女子大生がたどる明治の青春」と題された樋口一葉の特番が放送されていました。その番組を見たあと、せつない思いでいっぱいとなり、偉く心酔してしまいました。それにしても樋口一葉、24歳の生涯とは早すぎる! … こんなにも早かったんですね、知りませんでした。

合掌

 

 

 

 いろいろと、ほんとうの樋口一葉を知ってというか、そのほとんどを知らなかった!と言うべきか? これまでの自分が恥ずかしくなりました。実はそれがしには昔からですが、たけくらべ、うつせみ、にごりえなどのタイトルから受けるイメージが、ちょっと「わらべうた」「文部省唱歌」みたいに響いていました。そして、「童謡作家? 児童文学?… 」なんて、もうこの時代に存在していたの? みたいに思っていました … とにかく昔からこんな印象しかありませんでした。

 

また、ストーリーについても「よい子のみなさん、こんにちは!」みたいな調子で、そこそこに明るさをもってはいるけど、不自然なまでにそこに「わるい子」は存在しません! きっと文学の世界からは飛び出しているんだろうなと思っていました。 また、日常的にそれがしのなかではどことな〜く与謝野晶子と混同していたふしもありました。何故に与謝野晶子なのかは不明です。そんなこんなで身勝手な結論しか抱いてなかったようです … なんか言い訳になってしまいましたが仕方ないですね。そんな訳で、この歳になるまで一葉の作品は一度も読んだことはありませんでした(たぶん少しくらいは読んでいるけど忘れてしまっているのかも知れません)。

 

 

さて、ここで樋口一葉の歩みを少し確認しておきたいと思います。きょうは本書「樋口一葉小説集(筑摩書房)編者・菅聡子」にあります 菅聡子氏 の解説を、一部ではありますがご紹介します … 尚、菅聡子氏は、6年前の2011年5月14日 さいたま市の病院で死去されています。48歳。

合掌

 

 

 

 樋口一葉は、明治五年(1872)三月二十五日(太陽暦では五月二日)、樋口則義・たきの次女として東京に生まれた。本名は奈津、ほかに夏子・なつ等の署名がある。幼い頃から読書に夢中になり、学問を好んだが、「女子に学問はいらない」という母親の反対によって女学校へ進むことはできず、青海学校小学高等科第四級卒業をもって一葉の学校教育は終わった。

 

しかし、娘の学問好きを愛した父親は、一葉を中島歌子の主宰する和歌の塾・萩の舎へ入門させてくれた。当時、和歌は女性のたしなみの一つとされていたのである。このとき、一葉は十四歳。この萩の舎入門が、一葉の文学者としての第一歩であったと言える。一葉入門当時は萩の舎の全盛期にあたり、門人には梨本宮妃・鍋島侯爵夫人・前田侯爵夫人といった人々が名を連ねていた。そのなかにあって、決して富裕とはいえない一葉は、たとえば着る物ひとつをとっても肩身の狭い思いをすることも多かったが、徐々に和歌で才能を発揮し、発会では一番をとることも少なくなかった。

 

一葉の人生にとって大きな転機となったのは父・則義の死であった。一葉には二人の兄があった。長兄・泉太郎は生来病弱であったが、樋口家の家督を相続してまもなく二十三歳の若さで亡くなった。この時点で、次男・虎之助は樋口家の籍を離れ、また長姉・ふじもすでに他家に嫁いでいたので、次女である一葉が相続戸主となったが、実質的には書類上は後見人となっていた父・則義がその役割をつとめていた。しかし、泉太郎の死、事業の失敗などが重なり、則義は失意のうちに病没した。このとき、一葉は実質的にも樋口家の戸主・家長となったのである。

 

以後、母・たきと妹・邦子の生活の責任はすべて一葉の肩にかかることになる。明治二十二年、一葉、十七歳のときである。とは言え、収入の道はなく、洗濯や仕立物で生計をたてるしかなかった。貧困がつのるなか、一葉は小説を書いて生活費を得ることを決意したものと思われる。

 

 

 明治二十四年、「東京朝日新聞」の小説記者・半井桃水に小説の師として指導を受けることを願い出、翌二十五年三月、桃水が創刊した雑誌「武蔵野」に第一作「闇桜」を発表した。以後、数編の作品を書き続けるが、世評にのぼることもなく、一方で一家の生活はますます困窮していった。糊口のための文学に疑問を抱き始めていた一葉は、金銭のための執筆を放棄し、商売を始めることを決意する。明治二十六年七月、一家は下谷竜泉寺町に転居し、子ども相手の小さな雑貨屋を開いた。吉原遊郭周辺の町であるここで、一葉ははじめて社会の最下層を生きる人々や身を売る女性たちの生活を目の当たりにした。竜泉寺町への転居は、一葉の意識においては明らかな零落であったが、この町での生活が、一葉の明治社会に対する認識を深め、後の名作の数々を生み出すことになる。

 

明治二十七年、店をたたみ、再び本郷丸山福山町に転居した一葉は、その文学上の充実期を迎える。『大つごもり』『にごりえ』『十三夜』『たけくらべ』といった作品が発表され、一葉は同時代文壇においてもっとも注目される女性作家となった。しかし、一葉は、そのような世間の評判の背景には、自分の女性という性に対する好奇心があることに気づいていた。作家として注目されればされるほど、世間の関心は自らの〈女〉に集中する。女性であることと〈書くこと〉の矛盾・交錯に苦悩しつつ、一葉はさらなる〈書くこと〉を模索していたに違いない。しかし結核に冒されたその身はそれを許さなかった。明治二十九年十一月二十三日、一葉はわずか二十四歳でその生涯を閉じた。

 

 思えば、樋口一葉が生き、書いたのは今からほぼ百年以上も前のことである。にもかかわらず、一葉の文学は、現代にも通じるさまざまな社会矛盾や、女性たちに対する抑圧を描き出して余すところがない。彼女の視線は、階級や性別をこえて、明治社会の弱者として周縁に追いやられた人々の生をすくい上げた。同時に、その視線は女性作家としての自分自身へも向けられた。女性が〈ものを書く〉とはいったい何を意味するのだろうか。それは、どのような可能性を開きうるのだろうか。

 

一葉の文学が投げかける言葉を、現代を生きる読者として受け止め、私たちの〈いま〉を照らし出すよすがとしたい。本書が、そのようなきっかけとなることを心より願う 〜 「樋口一葉小説集」編者・菅聡子(筑摩書房)菅聡子氏の解説より(抜粋)。

 

 

 

 

さて、本題に入ります。

今では人生の師と仰ぐ存在となった樋口一葉ですが、それがし、正直、この歳になってほんと遅ればせながら「一葉ワールド」に参加できてうれしいです。きょうは一葉の壮絶な人生の話しです。ほんのひとかけらですが、よかったらお付き合いください。

 

                

 

        

                   

            この日、台東区立一葉記念館にて購入した絵葉書(一葉・肖像)

                   

 

                             樋口一葉

 

 

 きょうはこの6月に再放送された、NHKBS?の「プレミアムカフェ選 樋口一葉・恋する一葉」をベースにしてお送りします。余談ですが当番組でのナレーションと音楽がうまくアンサンブルされていてよかったです。番組後半になっていきなり「22歳、一葉は店をたたんで竜泉寺町を離れ・・・」とナレーションが響き渡りました … 番組は全体で120分間?でした。正直、ラスト30分ほどがよかったですが … このとき残りが20分ほどでした。やっとのこと物語はその核心に向って動き出しました … 思いなしかこの瞬間、ナレーションが大きく響いて、いっそう真剣味をおびてきたように感じました。

 

 

22歳、一葉は店をたたんで竜泉寺町を離れ本郷に近い丸山福山町に移り住む。この時期、一葉は矢継ぎ早に作品を発表した(1896(明治27)年5月1日 本郷区(現・文京区)丸山福山町に転居 22歳)

 

 

 大つごもり 

 たけくらべ 

 にごりえ 

 十三夜 

  

 

 

一葉の代表作のすべては僅か14カ月の間に書かれている。

そのとき一葉は自分が結核を患っていることに気付いていた。

 

 

(一葉)

  文学は孤高のためになすべきものならず

  思いのはするまま心の趣くままにこそ筆はとらね

 

  文学は生活の糧を得るためにするものではない

  思いのはせるまま 心の趣くままに書くべきなのだ

 

 

 

続けざまに話題作を発表し、一葉の存在は文壇に広く知られることになった。暮しは楽にならなかったが家には文学を語る青年たちの出入りが絶えなかった。それは一葉を女主人とする文藝サロンといえた。

しかし、それでも一葉は満たされぬものを感じていた。

 

(一葉)

 われを問うひと、10人に9人まではただおなごなりというを喜びて物珍しさに集うなりけり。今清小よ紫よとはやしたつる。誠は心なしの如何なる底意ありてとも知らず、我をただおなごとばかり見るよりも荒ぶ

 

 日記・1896(明治29)年5月

 

 

清少納言よ紫式部よとおだてる

私が何を考えているかも知らず

心ない人たちが

ただ女ということだけで

面白がっている

 

 

 

( 斎藤緑雨 現る!)

 

 

秋の夜の月にふかししうたた寝は・・・

 

斎藤緑雨

 

 

 

 

            

 

               NHKBS プレミアムカフェ選 2017Jun16?より

 

 

                              斎藤緑雨

     

 

 

 

右下がりの特徴ある筆跡で書き連ねてあるのは恋を歌った短歌。筆を執ったのは明治の文学者、斎藤緑雨。晩年の一葉にもっとも深く関わり彼女の死後、全集をまとめた人物である。森鴎外、幸田露伴と共に辛口の文芸批評をしたことで知られている。文壇で一番嫌われ者で毒舌家であった。

一葉は緑雨の第一印象を日記に記している。

 

(一葉)

  歳は29、痩せ姿の面容凄みをおびて、ただ口元に言い難き愛嬌あり。

 

 

一葉の周囲はみな口をそろえて、緑雨は信用ならない毒舌家だから気をつけろと警告していた。会ってみると確かに今までの男とは違っていた。緑雨は言った、

 

(緑雨)

  とひかれ等がほめ候ともくさし候とも、一向、眼にも耳にも入れ給はぬがよろしく、ただ君が思ふ所にまかせて、め〇〇共me〇〇〇〇-domoに構はず、マツすぐに進まれん事をわれは希望致候。

 

  1896(明治29)年1月8日付 斎藤緑雨、一葉宛書簡

 

 

たとえ、彼らが褒めようとも悪口を言おうとも、決して気になさらないのがよいでしょう。ひたすらあなたが思う通りに、物事の良し悪しの区別もつかない者たちにはかまわず、まっすぐにお進みなられることを私は希望致します。

 

 

 

さらにあなたの作品は、

 

(緑雨)

  泣きての後の冷笑(あざわらい)の気持ちで書かれている

 

と評した。

 

 

 

一葉は初めて緑雨に出会った日に、

 

(一葉)

  この男かたきに取りてもいとおもしろし。味方につきなば猶さらにをかしかるべく

 

この男、敵になっても面白いだろう。でも味方になったなら、なおのこと面白いかもしれない

 

「みづの上 日記」1896(明治29)年5月29日

 

と書きつけた一葉。

 

 

 

 

(一葉)

   逢へるはたゞの二度なれど

   親しみは千年の馴染(なじみ)にも似たり 

 

   日記・1896(明治29)年5月30日

 

  それがしこの言葉、この心根にひとめぼれでありました。

 

  さらにナレーションは 一層の緊張感を放ちながら深く静かに流れます。

  結核を患い、死を目前にした一葉の恋歌、

 

 

(一葉)

  隔一夜恋

 

  あひみぬはひと夜ばかりをくれ竹の

  ふしのまどほにおもほゆるかな

 

 

ここでちょっと余談ですが … 

 

先日、この歌について意味がよく理解できなかったので Yahoo! 知恵袋 (直接、見たい方はクリックしてください)へ投稿して、回答をいただきました!(ありがとうございました!)

それで、この歌の意味するところは、

 

お逢いできない一夜は、竹の節と節の間が離れているように、とても長く離れているように思えます。ひとよ、のよには竹の節の間、という意味があります。ここでは竹の縁語として出しています。例としては、短い尺八(というか、竹の縦笛)をひとよぎりというのは、ひと節の長さの竹で作るからです。

これは、題詠のようですね。半井桃水とは一夜も離れないような関係ではなかったのではないかと思います。

 

このような回答をいただきました。なんとも一葉の切ない気持ちがひしひしと伝ってきますが … 切ないねぇ〜。

しかし、Yahoo! 知恵袋 ってほんと助かりますね!(そうとは思われないものも、ハッキリ言ってあるにはありますが、個人的には「なんでもあり!」これでよしと思っていますが、まぁ、ひとそれぞれでありましょう。)

 

 

また、他の質問に対しては、このような解説もありました。

… いずれにしてもお蔭さまでスッキリと晴れました!

 

「あいみぬは ひと夜ばかりを」会わないのは一晩だけなのに

「くれ竹のふしの」呉竹(淡竹)の節のように

「まどほにおもほゆるかな」会わない間が遠く感じられることだなあ。

「まどほ」は「間遠」。節と節の間と会わない間とを掛けた。

 

こちらも直接、見たい方は、Yahoo!知恵袋 こちらをクリックしてください。

 

 

 

               

 

                          

 

                 NHKBS プレミアムカフェ選 2017Jun16?より

 

 

 

 

樋口一葉が10年間書き続けた日記の最後に記したのは、緑雨のことだった。

 

(一葉)

  此の男が心中

  いさゝか解さぬ我にもあらず

  何かは 今更の世評沙汰

 

  日記・明治29年7月22日

 

この男の心中が

理解できない私ではない

どうして今さら世間の評判を

気にする事があろうか

 

ここで特番は終わりました。

 

 

 

 

 

先日のこと、特番のショックも冷めやらぬ暑い日でした。

台東区立、一葉記念館 へ行ってきました。

 

 其処にはたくさんの資料がありましたが、なかでも一葉の手紙(毛筆)がほんと綺麗でした。それはもう、一点の絵画のようでありました … しかしながら、残念至極!読めませんでした、そして当然のことですが意味が意味が分からない!たかが150年前?の手紙が読めない!日本人なのに日本語が読めない、分からない!(だいじょうぶか ?! 熱中症か? あっ、スズメバチか?)なんでやねん!(あのときのダルビッシュみたいに…)… 自分の不勉強を棚にあげて、それがし思いました、な、なんでここに訳文がないの !!! … はい、我儘もこの辺りで止めとこ。気を取り直して?あとは静かに見て回りました!(あっ、手紙によっては、きちんとその概略を記したものも、いくつかありましたので念のため … 記念館のご尽力に感謝です)

頓首

 

         

 

 

↑ 日比谷線の三ノ輪駅から徒歩で10分ほどでした( 一葉記念館サイトへ飛びます! )

 

 

 

 

                          

 

        あっ、 「一葉記念館」 の正しい住所は、竜泉3丁目18番4号です!

 

 

 

 

       この日の記念品は、冒頭の絵葉書とこちらの二点でした!

 

               樋口一葉

               筑摩書房

                                                                                                                          

 

              

     

    

      こちらが目次です、

 

  たけくらべ

   にごりえ

   大つごもり

   十三夜

     

     ゆく雲

     わかれ道

     われから

 

     雪の日

     琴の音

     闇桜

     うもれ木

     暁月夜(あかつきづくよ)

     やみ夜

     うつせみ

 

     あきあわせ

     すずろごと

 

     にっ記1

     塵の中

 

     恋歌九首

 

一葉の財産(井上ひさし)

 

     年譜

 

 

 

* こちらの話しがちょっとズシリときましたので全文をご紹介します。まったくの余談ですが、井上氏の作品は今まで特に興味がなかったので一度も読んだことはありませんでした。

 

 

一葉の財産                         井上ひさし

 

 その女(ひと)は近眼である。それもよほど近くに寄らなければ相手が誰だかも判らないぐらいひどい。外出するときは二つ違いの妹を伴い脇からたえず街の様子を教えてもらっていた。月夜の晩は人に手を引かれて歩いた。月夜だとなまじ少しは見えるから、かえって水ッ溜まりに落ちたりして危ないのである。歌がるたを取るときは、畳の上のカルタに噛みつくように目を近づけているので、彼女の頭が邪魔になり他の人たちが取りにくくなる。そこで歌がるたのたびに女友達から「眼鏡をかけてちょうだい」と文句を言われた。

 

近眼の女性の常で瞳はいつもキラキラと朝露のように輝いている。一重瞼の目元にぱらぱらとそばかすが散っていた。口もとはきゅっと締まって小さく、その口から調子の高いきれいな声で江戸弁が飛び出す。言葉使いは明晰だ。口の利きようは四通りあって、少し隔てのある女性にはお世辞がよくて、待合いのおかみさんのように人を逸らさず客待遇が上手である。人に擦り寄るようにしてものを言い、ときおり万事について皮肉な寸評を発して相手を笑わせるのが得意だった。笑うときは「ほ、ほ、ほ、ほ」と声を区切った。親身の女性には快活にしかし行儀よく喋り、他人の悪口は決して言わない。勝気なくせによく泣いた。尊敬する男性の前に出ると、ものやさしく、哀れっぽく、恥ずかしそうにし、そうでもない男性には突然、天下国家を論じたりして煙にまいた。

 

髪の毛はとても薄く、おまけに赤茶けている。その薄い髪(け)の前髪を小さく取って銀杏返しに結い、いつもきれいに梳き付けていた。肩こりがひどかった。背中がいつもごつごつと石のようで、よく文鎮で力まかせに肩を叩いていた。命取りの結核が進むにつれてこの肩こりが嘘のように消えて行った。

 

歌塾「萩の舎」(はぎのや)では、しばしば師匠の代稽古を務めた。教場は十二畳の座敷、表に俥を待たせた名門の姫君令嬢たちが紫の矢筈や黄八丈、お召しや糸織などその頃としては立派な身なりで、色とりどりの座布団に座っている。その前で彼女は源氏物語や枕草子の講義をした。普段は鼻筋の通った瓜実顔にまるで白粉気もなく過ごしているのだが、講義のときは小さな口にちょいと紅を引き、一張羅の真青な紬の羽織を着た。両手を袖口にすっぽり引っ込めて、その手を胸元できちんと掻き合わせ、いくらか前かがみになって講義を進めた。退屈しながら講義をしているときは髪の毛の一二本ほつれたのを眼の先でいじり、それを見つめながら「只今の言葉で申し上げれば、まあこうでもございましょうか」などとやっていた。が、熱が入ってくると、肩のあたりをぴくぴく震わせながら澄んだ声をさらに高くした……。

 

二十四歳六ヶ月の短い生涯のあいだに二十二の短編と四十数冊に及ぶ日記と四千首をこえる和歌の詠草をのこした樋口一葉の肖像を、彼女と実際に交際のあった人たちの証言を集めて忠実に再現すれば右のようになるだろう。

 

中に歌塾「萩の舎」というのが出てきたが、これは水戸藩士未亡人の中島歌子が小石川の安藤坂に開いていた私塾で、後世の研究科はこれを指して「明治の宮廷サロン」と称した。試しに門下生の名簿を調べてみると、たしかに権門の令嬢令閨がずらりと並んでいる。旧佐賀藩主鍋島家夫人とその令嬢、旧上総喜久間藩主水野家のお嬢さん、旧越後高田藩主榊原家のお姫様、旧肥前唐津藩主の妹御、もと元老院議官田辺太一の娘など、石を投げれば爵位もちの夫人や令嬢にあたるという具合だ。平民の娘たちもいないではないがいずれも家は金持だ。一例を上げれば一葉の親友だった伊藤夏子は日本橋の鳥問屋「東国屋」の娘である。しかも中島歌子は加賀前田家や佐賀鍋島家へ出稽古に赴くが、そこには皇后がお出ましになっていることも多い。「明治の宮廷サロン」は誇張ではなかった。

 

書店の書架に並ぶ一葉の評伝にはたいてい萩の舎の発会の記念写真が掲載されているが、一度その写真を念入りにお眺めになることをお薦めしたい。例えば明治二十年二月の発会記念写真では師匠の中島歌子は二列目に立っている。明治二十四年のそれでは三列目にいる。普通は最前列の真ん中がお師匠さんの指定席のはずだが、萩の舎の場合はお師匠さんが後ろに下がっているのである。つまり中島歌子は教え子に遠慮しているわけだ。それだけ教え子の身分が高いのである。

 

では当の一葉はどうか。士族の娘とは言うものの、その父は「生まれ故郷の甲州中萩原村を妻のあやめとともに出奔し、藩書調所の小使をふりだしに八丁堀同心に成り上った、いわば農民の身分を自ら否定した流民」(前田愛)だった。しかもその父を失ってからは戸主に祭り上げられ、一家の命運を担って世間の荒波に揉まれることになる。肩も凝るはずだ。初めは売り食い、次いで小説で生活の糧を得ようとするがそれも成らず、とうとう吉原近くの貧民街龍泉寺町で「乞食相手の荒物屋」(一葉)を開くことになる。一家の一月の生活費は十円前後、それなのに店の売り上げは月十五円、仕入れ代を勘定に入れればまったくの赤字である。この赤字を借金で埋め、その借金をまた新しい借金で返すという無謀な離れ業の毎日、挙句の果ては「銘酒屋」という最下層の私娼窟の集まる新開地の湿った家を借りて、界隈の躰をひさぐ無筆の女たちのために客寄せの恋文を代筆するところまで身を落とす。後世の読者は、この一葉の年譜を見て「あの天才作家がかわいそうに」と涙を流すが、じつはこれがよかったのである。

 

一葉は明治の女の最上層から最下層までを知っていた。つまり「一葉は垣間見ではあるけれども明治のトップを知っている。それから明治のいちばんどん底のところも知っている」(前田愛)わけで、これが一葉の財産になった。いや、知っていたというのもあるいは正確ではないかもしれない。前田愛さんの指摘によりかかってもう一押しすれば彼女は最上層と最下層の女を同時に生きていたのである。女たちの喜びや悲しみを描くのにこれほどよい位置につけていた作家を他に知らない。もちろん一葉の文学の特色はこれだけではない。和文というものが消滅する寸前に、それまでに現れた和文のすべてを総括(オーケストレート)するというチャンスに恵まれたこと、あるいは生きているうちから自分に戒名をつけて「死者の目」からこの世を見ていたことなど、彼女の文学を解明する鍵はいくつもあるが、ここでは一葉が明治の女性の全体を見はるかす位置に立っていたことを特記して解説に代えたい。もちろん自分が特別な位置に立っていることを直感し、その直感を充分に生かした彼女の巨きさにはやはり脱帽する外はないが 〜 「樋口一葉」筑摩書房 井上ひさし氏の解説(一葉の財産)より(全文)。

 

 

 

   

  

                  

    

 

   こちらは版が大きくて読みやすいです。今、読んでいる真っ最中なり … 。

 

 

 

              

 

 

 

                                    

 

ではでは。

 

以上ですが、きょうは(いつも?)ほんとダラダラとまとまりのない文章になってしまいました … どうかご容赦のほど。しかし、樋口一葉、ほんといろいろと苦労されたんですね! 返す返すも残念なことでした … 樋口一葉、ほんとに真っすぐに生き抜いたひとだ! と思います。もっともっと長生きして欲しかった。

合掌

 

 

… こんなこと言ったらやれ極論だ!言いすぎだ!と叩かれそうですが、今どきの作家たちはえらく楽ちんなことか! って、ふと思いました … 別に今の作家に恨みつらみはありませんが。この夏の終わりには、記念館再訪といきたいですね。そのときは憧れの都電荒川線(路面電車)に乗って行きます! のんびりと路面に揺られながら「早稲田発の一葉記念館行」です。

 

参考書籍は、「樋口一葉小説集」筑摩書房 「樋口一葉」筑摩書房 「樋口一葉」岩波書店 明治の文学第17巻樋口一葉」筑摩書房

 

 

 

p.s.,

i 冒頭、タイトルに「夏の夜の一葉は、哀しからずや」としましたが、結核という病魔に襲われてさぞ悔しかっただろうなと思います。今さらですが、あと半世紀?早くにストマイが発見されていれば … 。

合掌

 

ii   先日のこと、暑い暑い日に台東区竜泉にある 「一葉記念館」 に行って来ました。たくさんの資料を拝見したあとに来てよかったと思いました。ほんとよかったです … 受付の応対も丁寧でよかったです。また、行きたくなりました! 次回はのんびりと早稲田から路面電車(都電荒川線)で行こうと決めています。

 

iii   一葉の作品は「擬古文」と呼ぶんですか? … 少しづつですが慣れてきました!… ずいぶんと遠くにいってしまった明治時代の空気というか風にどことな〜く吹かれているようで、心地よく自然とうれしくなってきます … 同じように「注釈」も確かに面倒くさいけど、その時代を知る大切なツールと考えるとありがたいと感じます … それがし、この注釈は最初にページを繰ったときにザッと読んでから本文に入りますが、ひとそれぞれですね。

 

iv  この特番のラスト20分間をICレコーダーに録り、ウォークマンに転送、今、あのアジフライ定食(最近、生姜焼き定食もあり)のときに乗るJR車内で相も変わらずこっそりと聞いています … IC.Rec. は  aux で録ると一切の雑音は入らずにほんといい音ですよ。臨場感アップです!ヘッドホンの効果もあるとは思いますがリアルに役者の足音まで聞こえてきます( TVをみているときはまったく気がつかなかったですが )。

 

ではでは。

 

今日も最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございました。

車の運転は安全第一でお願いします。

 

 

 

 

(2017Apr2)村上春樹 新作『騎士団長殺し』に込めた思いを語る〜毎日新聞インタビュー

  • 2017.07.03 Monday
  • 18:35

 

 こんにちは

 

文月に入りました。今朝は梅雨の晴れ間の間隙を縫ってツバメたちがあちらこちらで空虫戦?を展開していましたが、それがしは洗濯です( だいたい一日おきにやってますが、全自動!ほんと楽だぁ〜。そして(これがいいね!)雨が降りそうになってきたら直ぐに気象庁サイト(レーダーナウキャスト)で確認です。これほんと助かります。がんばれ、気象庁!

 

お元気ですか?

 

 

 

2017年4月2日?  毎日新聞

 

 

 

久しぶりですね、村上春樹へのインタビューです。コオロギさん、ありがとうございました … したっけ〜、愚図愚図してっから〜、はい、今回も少々薹が立ってしまいました、ご容赦のほど … 新作『騎士団長殺し』震災、再生への転換 と題された毎日新聞のインタビュー記事(2017Apr2?)の全文をご紹介します。興味のある方はどうぞお付き合いください。

 

尚、本文中には「核心に触れているネタバレ」が多く存在していますので、ご承知ください … 斯く言うそれがしも、びっくりするやらがっかりするやら? かなり複雑な心境なり! → そんな訳で未だに2部(メタファーの世界へいけません、二の足を踏んでいます!( いきたくない ?!  もう、ちゃぶ台返しだぁ〜 ?! )正直言って、一人称に戻ってくれたのはうれしいですが … いまは見事にフリーズしています。黄昏に飛びたったみみずくは行方知れずになってしまった! やれやれ。

 

 

 

        新作『騎士団長殺し』震災、再生への転換

 

 

 2月に長編小説『騎士団長殺し』(第1、2部、新潮社)を刊行した作家の村上春樹さんが、毎日新聞などのインタビューに応じた。新作に込めた思いや小説家の役割について聞いた。【構成・大井浩一】

 

 

          村上春樹さんに聞く

 

 複数巻にわたる大長編としては『1Q84』(2009〜10年)以来。400字詰め原稿用紙で2000枚に及ぶ。第1部が「顕れるイデア編」、第2部は「遷ろうメタファー編」と題されている。主人公は画家で、妻に突然別れを告げられた36歳の時の体験を中心として、一人称「私」で語られている。村上作品の長編では、久しぶりの一人称小説だ。

 

 「僕は最初、一人称でずっと書いてきて、少しずつ三人称に移行していった。『1Q84』を純粋な三人称で書ききったことで達成でき、もう一回、一人称に戻りたい気持ちがあった。元のフィールドに戻ってきたという感じは強かったが、ある種の主人公の成熟はあると思う」

 「騎士団長」はモーツァルトのオペラ「ドン・ジョバンニ」の登場人物に由来する。オペラの冒頭で殺されるシーンがあるが、執筆前にまず「騎士団長殺し」というタイトルが浮かんだという。「言葉の感触の奇妙さに引かれた。最初にあったのはタイトルと、(主人公が住む神奈川・)小田原の山の上というシチュエーション。画家というのは書いているうちに出てきた」

 妻と別れ、喪失感の中で描くべき絵を求める主人公が住んだ山の上の家は、友人の父親で高名な日本画家のもの。92歳の日本画家は高齢者養護施設に入っており、空き家になっていた。その屋根裏で「騎士団長殺し」と題する絵を発見した後、主人公は不可解な出来事に巻き込まれていく。

 

 また、谷間を隔てた向かい側に住む「免色」(めんしき)という変わった姓の人物から、肖像画を依頼される。免色はビジネスの成功者で54歳。広大な邸宅に一人で住む謎の人物だ。その設定は著者が愛読し、自ら翻訳も手掛けた米文学、スコット・フィッツジェラルド『グレート・ギャッツビー』(1925年)を意識したものだ。「これは一種のオマージュ」と話した。真夜中に鈴の音を耳にした主人公はその音の元をたどるうち、井戸のような穴を見いだす。免色の協力を得て、その穴を解放すると、中には古い仏具のような鈴があった。作中でも言及されるが、これは「(江戸時代の作家)上田秋成の『春雨物語』に収められている『二世の縁』という話しをモチーフとして使った」と語る。古典というのは引用されることに価値がある。僕もいろんなものを引用するし、それが楽しい。優れた物語は入れ物としても力を持っているし、(引用は)有用なことだ」穴を解放した結果、絵の騎士団長と同じ格好をした「イデア」と名乗る不思議な存在が登場する。善と悪が複雑に絡み合う世界が繰り広げられ、血も流される。絵の中の人物たちに導かれて主人公が地下の暗闇を巡る展開もあり、従来の村上作品でおなじみの道具立てが登場するのはファンにとって楽しみだろう。

 

          一人称に戻る/新しい結論

 

 主人公はさまざまな試練を経た後、妻と再び生活を始めるが、離れている間に妻が身ごもった子供を自分の子として育てていく。物語の最後、時間は数年後の東日本大震災の直後に飛び、主人公が生き方への信念を語って終わる。喪失から再生への転換が描かれる。「僕の小説はオープンエンドというか、話しがオープンになったまま終わるというケースがほとんどだったが、今回は『閉じる感覚』が僕にも必要になってきたという気持ちがあった。最後に主人公が子供と一緒に生きていくのは、僕にとっては新しい一つの結論を示唆するものだ」

 そうした変化の背景には、一昨年秋に自ら車で福島県から宮城県にかけての沿岸を回った体験もあるという。「その経験は大きかった。再生につながっていく気持ちにも関連している。新しいものを作っていかないといけないなと。年齢的な責任感もあるのかもしれない」「東北の震災は、今の日本人のサイキ(精神)にものすごく大きい傷痕を残した事件だと思う。その時代を生きた人のサイキを書くには、(震災と)重なり合う部分がないとリアルではない」

 

 一方、「騎士団長殺し」と題する絵の背景には、ナチスのホロコーストや南京虐殺事件にまつわる歴史の傷も影を落としている。どのような著者の思いが込められているのか。

 「歴史というのは国にとっての集合的記憶だから、それを過去のものとして忘れたり、すり替えたりすることは非常に間違ったことだと思う。(歴史修正主義的な動きとは)闘っていかなくてはいけない。小説家にできることは限られているけれど、物語という形で闘っていくことは可能だ」

 

 

以上です。

 

がんばれ、村上春樹!

 

 

p.s.,

i たった今、思い出したんですが … しばらく前に、コオロギさんが話していたこと。そのむかし、作家の江藤淳が村上春樹と上田秋成はすごく似ている、同一線上にあるという感じだって言ってたよ! … そんなことをポツリと … こんど会ったときに、もっと詳しく聞いてみようと思っています。

 

ii それがし、えらそうに他人のことは言えませんが … いつの間にかこんなに?

村上春樹がいいおじさんになっていましたが、今でもフルマラソンとか走ってるんですかね?

… それにしてもいつごろ撮られたんでしょうか? 新潮社さん教えてください!

誰かぁ〜 !!! (失礼しました)

 

 

 

 

 

 

ではでは。

 

今日も最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございました。

車の運転はどうか安全第一でお願いします。

 

 

 

 

 

 

 

2017.6.12 【今日の一冊】 「有元利夫 女神たち」 (画集)です。

  • 2017.06.12 Monday
  • 19:21


こんにちは

先日(6月7日)、夕方のTVは関東甲信も梅雨入りしたと報じていました。

さてさてジメジメの毎日となりますかどうか・・・??!!

ここのところは、梅雨の中休みですかね、こちらは先日9日の夕方ですが、いろいろな雲のてんこ盛り状態でほんとにぎやかな夕空でした。

 

 

 

2017年6月9日 18時38分

 

 

お元気ですか?

 

今日は昨年の二月に購入した 有元利夫 の画集を紹介します … ここで内容を詳しくお見せできないのがほんと残念であります。

 

有元利夫を知ったのは 寺神戸 亮 のCDジャケットで数多く見かけたのが始まりです。この画集はときどき開いています … もちろん、絵もいいですが文章がすごい! 芸大4浪時代を懐かしんだりしてる … 正直な方ですね!(偉そうにすみません)そして、いつものことですがページを開いてしばらくすると、気持ちがふわ━っとしてきて少しづつ重力を失っていくような、宇宙飛行士?のようにまるで遥か雲の上を飛んでいるかのような心地になります。あっ、ちょうどこんなイメージ(ロシア上空で早朝でした)ですがどうですか? ほんと落ちつくんです … なんだか近所のかかりつけ医みたいですが。

 

 

 

ウラジオストクの北東300キロ上空12496m  対地速度937km/h  外気温度-53℃     2015Apr15

 

 

 

 

 

ここで、せめて目次だけでも・・・

 

 

 

    「有元利夫 女神たち」 

  

 

     ☆IMG_9368b☆.jpg

 

 

   画集の大きさは、タテ 33.5 × ヨコ25.5cm 

 全ページ数:144

 

 

有元利夫 女神たち 目次:

編集 松岡和子

 

 

舞う女神

 ひとりの舞台

 古典との出会い

 消す男

 様式について

 

音楽をしもべに

 音楽が漂う画面をめざして

 「覆う」ということ

 銅版画集「7つの音楽」によせて 皆川達夫

 光と影と量と線

 見ることと作ること

 浮遊すること

 バロック音楽との出会い

 いい絵、いい物

 手品の嘘、演技の嘘、そして真実

 絵の描きはじめと描きおわり

 ひとりでいるのは苦手

 

時間のいろどり

 私の卒業制作

 小さな絵のこと

 思い出すこと、憶えていること

 ●小学生のころ

 ●中学・高校のころ

 ●浪人時代

 ●芸大のころ

 ●芸大卒業後、そして今

 有元利夫の聖(サクレ)なる空間 … 前田常作

 偶像来迎 夢想有元利夫 … 米倉 守

 

夢への回廊

 風化━時間との共同作業

 思考のかけら

 配達される才能について

 道具あつめ

 絵の名前━タイトルについて

 

 文字でかいた絵●桝田弘司

  

 





【今日の一冊】


「有元利夫 女神たち」
  画: 有元利夫
  美術出版社 

  発行日: 1986年12月26日 改定増補第1刷

                2006年  4月20日 新装版第1刷

   



☆IMG_9368b☆.jpg

 

 

春 53.0 × 45.5cm  1980     (表紙) 
 

 

 


 

いま手許にあるたくさんの古楽たちに、ピタリと寄り添う有元利夫を紹介します。

 

 

J.S.バッハ Johann Sebastian Bach(1685 〜 1750)

ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ集

 


☆IMG_9352 「?」 J.S.バッハヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ 寺神戸亮☆.jpg
 

啓示

 

 

 

 

 

テレマン Georg Philipp Telemann(1681 〜 1767)

無伴奏ヴァイオリンのための12のファンタジア(幻想曲)

 

 

☆IMG_9354 「雲のフーガ」 G.P.テレマン 無伴奏ヴァイオリンのための12のファンタジア 寺神戸亮☆.jpg

 

雲のフーガ

 

 

 

 

 

ビーバー Heinrich Ignaz Franz BIBER  (1644 〜 1704)

ヴァイオリン・ソナタ集

 


☆IMG_9356 「雪」 H.I.F.ビーバー ヴァイオリン・ソナタ集 寺神戸亮☆.jpg
 

 

 

 

 

 

カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ

Carl Philipp Emanuel Bach(1714 〜 1788)

ヴァイオリン・ソナタ集

 


☆IMG_9358 「暁」 C.P.E.バッハ ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ 寺神戸亮☆.jpg

 

 

 

 

 

 

モーツァルト Wolfgang Amadeus MOZART (1756 〜 1791)

弦楽四重奏曲(第17番)変ロ長調K.458(狩)& K.387

 


☆IMG_9362 「春」 W.A.モーツァルト弦楽四重奏曲 クイケン四重奏団☆.jpg

 

 

 

 

 

 

コレッリ Arcangelo Corelli (1653 〜 1713)

ヴァイオリンと通奏低音のためのソナタ集 作品5(1700)より

 


☆IMG_9364 「二本の柱の間」 A.コレッリ ヴァイオリンと通奏低音のためのソナタ集 寺神戸☆.jpg
 

二本の柱の間

 

 

 

 

 

ハイドン Joseph Haydn (1732 〜 1809)

弦楽四重奏曲 第75番 ト長調 作品75の1, Hob.lll-75 他

 


☆IMG_9366 「音楽」 J.ハイドン 弦楽四重奏曲 クイケン四重奏団☆.jpg
 

音楽

 

 

 

 

 

ルクレール Jean-Marie Leclair (1697〜 1764)

ヴァイオリン・ソナタ集 〜 第3巻 作品5より

 

 

 

白い部屋

 

 

 

 


☆IMG_9325b☆.jpg

 

新潮社2016年版カレンダー

 

 

 

 

 

 

新潮社2017年版カレンダー

 

 

 

 

 

そして、こちらがお気に入りの一枚です!

 

 

 

 

1人の芝居 45.5 × 37.9cm 1980年

 

 

いつも、こちらを見るたびに「やぁ、いらっしゃい!」そう声を掛けられたみたいで、つい「こんにちは!」って返したくなります(新潮社2016年版カレンダーより)。

 

 

 

ではでは。

 

今日も最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございました。

雨の中で車の運転は安全第一でお願いします。

 

 

 

 

 

 

騎士団長殺し 村上春樹

  • 2017.04.24 Monday
  • 16:47

 

こんにちは

 

満開だった桜も早いですねぇ〜、今は葉桜となってしまいました。

まぁ、葉桜もこれはこれでいいものと感じますが。

 

お元気ですか?

 

 早速ですが、こちらは「騎士団長殺し」第1部 顕れるイデア編 であります。いつものことですが発売当初はいろいろと喧しくて … ほとぼりが冷めるまでジッとしていますが、やっとその気になってきたのでいつもの本屋さんへ向いました。と言っても、今現在4ブロックめを過ぎた辺りですから(全体で32ブロックあります … 詳細はあとで)まだまだ「騎士団通り」の入り口を入ったところであります。

 

肝心の今の感触は? … すこぶる良好です!それがし自信をもって断言します。 素直に言って昔のあの村上春樹が帰ってきたようです。正直言ってここしばらく(10年間?)の作品は面白くなかったと(個人的に)感じていましたから、今はうれしさてんこ盛りの気分で読んでいます … なので先を急ぎます故、本日はこれにて店仕舞いとさせていただきます … 内容については、このあと記した目次を手掛かりにしていただければ幸いです。

 

がんばれ、村上春樹!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

騎士団長殺し

第1部

顕れるイデア編

村上春樹

発行 2017年2月25日

新潮社

 

 

 

 

こちらが目次であります(全32ブロック・507ページ)

 

       プロローグ

  1 もし表面が曇っているようであれば

  2 みんな月に行ってしまうかもしれない

  3 ただの物理的な反射に過ぎない

  4 遠くから見ればおおかたのものごとは美しく見える

  5 息もこときれ、手足も冷たい

  6 今のところは顔のない依頼人です

  7 良くも悪くも覚えやすい名前

  8 かたちを変えた祝福

  9 お互いのかけらを交換し合う

10 僕らは高く茂った緑の草をかき分けて

11 月光がそこにあるすべてをきれいに照らしていた

12 あの名もなき郵便配達夫のように

13 それは今のところただの仮説に過ぎません

14 しかしここまで奇妙な出来事は初めてだ

15 これはただの始まりに過ぎない

16 比較的良い一日

17 どうしてそんな大事なことを見逃していたのか

18 好奇心が殺すのは猫だけじゃない

19 私の後ろに何か見える?

20 存在と非存在が混じり合っていく瞬間

21 小さくはあるが、切ればちゃんと血が出る

22 招待はまだちゃんと生きています

23 みんなほんとにこの世界にいるんだよ

24 純粋な第一次情報を収集しているだけ

25 真実がどれほど深い孤独を人にもたらすものか

26 これ以上の構図はありえない

27 姿かたちはありありと覚えていながら

28 フランツ・カフカは坂道を愛していた

29 そこに含まれているかもしれない不自然な要素

30 そういうのにはたぶんかなりの個人差がある

31 あるいはそれは完璧すぎたのかもしれない

32 彼の専門的技能は大いに重宝された

 

以上です。

 

 

 

ではでは。

 

今日も最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございました。

車の運転は安全第一でお願いします。

 

 

 

 

 

 

 

今日の一冊 〜 「九十歳。 何がめでたい」 佐藤愛子

  • 2017.02.16 Thursday
  • 22:46

 
こんにちは。

 

本日(2月16日 16時20分)、福岡管区気象台は九州北部地方で春一番が吹いたと発表しました。

はい、関東は明日みたいです。

お〜ぃ、春一番や〜ぃ!

いらっしゃいませ!

待ちに待った、春一番であります!

 

お元気ですか?

 

さっそくですが、先日、いつもの本屋さんでみつけましたね、本を読みながらこれほど笑ったのはほんとに久しぶりでした。

自信をもってお薦めします。

 

 

 

 

 

 【今日の一冊】

 

  九十歳。何がめでたい

   佐藤愛子

 

 

 

 

 

 

 

 

こちらがもくじです(全29作品)。

こみ上げる憤怒の孤独/来るか? 日本人総アホ時代/老いの夢/人生相談回答者失格/二つの誕生日/ソバプンの話/我ながら不気味な話/過ぎたるは及ばざるが如し/子供のキモチは/心配性の述懐/妄想作家/蜂のキモチ/お地蔵さんの申子/一億論評時代/グチャグチャ飯/覚悟のし方/懐かしいいたずら電話/想い出のドロボー/想い出のドロボー(承前)/悔恨の記/懐旧の春/平和の落し穴/老残の悪夢/いちいちうるせえ/答えは見つからない/テレビの魔力/私なりの苦労/私の今日この頃/おしまいの言葉

以上です。

 

 

ここでひとつだけ、ご紹介しましょう(それがし、少々身につまされましたが、最後のひと言が印象的でありました)。

 

 

 

おしまいの言葉

 

 二十五歳で小説なるものを書き始めてから今年で六十七年になります。私の最後の長編小説「晩鐘」を書き上げたのは八十八歳の春でその時はもう頭も身体もスッカラカンになっていて、もうこれで何もかもおしまいという気持ちでした。今まで何十年も頑張ってきたのだから、この後はのんびりと老後を過ごせばいいと友人からもいわれ、自分もそう思っていました。

 

 ところがです。愈々「のんびり」の生活に入ってみると、これがどうも、なんだか気が抜けて楽しくないのです。仕事をしていた時は朝、目が醒めるとすぐにその日にするべき仕事、会うべき人のことなどが頭に浮かび、「さあ、やるぞ! 進軍!」

 といった気分でパッと飛び起きたものでした。しかし、「のんびり」の毎日では、起きても別にすることもなし・・・という感じで、いつまでもベッドでモソモソしている。つまり気力が籠らないのです。

 

 仕事をやめれば訪ねて来る人も急に絶えます。大体が人づき合いのいい方ではないので、自分の方から人を訪ねようという気もなく、それよりも気の合った人はみな、「お先に」ともいわずにさっさとあの世に行ってしまって、ちらほら残っている人はやれ脚が折れたとか、癌らしいとか、認知症の気配がある、などというありさま、誰とも会わず、電話もかからず口も利かずという日が珍しくなくなりました。 

 

 娘一家が二階にいるけれど、向こうには向こうの生活もあり、階下のばあさんがどうしているか、生きてるか死んでるか、浴槽に死体になって浮かんでやしないかなどと心配するような孝行娘ではないので、用事がない限りは降りて来ない。といって、こっちから二階までエッチラオッチラ安普請の、むやみに段差の高い階段を上がっておしゃべりをしに行くほどの話題といって別になし、お互いに見飽きた顔ではあるし、それにあまりに長い年月、私は仕事一筋に明け暮れていたため、生活のリズムが普通ではなくなっていて、従ってソッチはソッチ、コッチはコッチ、という暮らし方が定着してしまったのです。

 

 週に二日、家事手伝いの人が来てくれるほかは、私は一人でムッと坐っている。べつに機嫌が悪いというわけではないのだが、わけもなく一人でニコニコしているというのもヘンなもので、自然とムッとした顔になるのです。本を讀めば涙が出てメガネが曇る。テレビをつければよく聞こえない。庭を眺めると雑草が伸びていて、草取りをしなければと思っても、それをすると腰が痛くなってマッサージの名手に来てもらわなければならなくなるので、ただ眺めては仕方なくムッとしているのです。

 そうしてだんだん、気が滅入ってきて、ご飯を食べるのも面倒くさくなり、たまに娘や孫が顔を出してもしゃべる気がなくなり、ウツウツとして「老人性ウツ病」というのはこれだな、と思いながら、ムッと坐っているのでした。

「女性セブン」のKさんが訪ねて来たのはそんな時でした。用件はエッセイ連載の依頼です。

 連載? 週刊誌の連載といえば締切は毎週ではないか。

 

 

 それは今の私には無理だと思いました。

「もう私も九十歳をすぎましたからね。これからはのんびしようと思ってるんですよ」

 一応、そういいましたが、その「のんびり」のおかげで、ウツ病になりかけているんじゃないか、という思いが頭の隅っこにパッパパと明滅したのでした。

 そんなこんなで隔週ならば、という条件で書くことになったですが、タイトルの「九十歳。何がめでたい」はその時、閃いたものです。ヤケクソが籠っています。

 

 

 そうしてこの隔週連載が始まって何週間か過ぎたある日、気がついたら、錆びついた私の脳細胞は(若い頃のようにはいかないにしても)いくらか動き始め、私は老人性ウツ病から抜け出ていたのでした。

 私はよく讀者から「佐藤さんの書いたものを讀むと勇気が出ます」というお便りを貰います。書くものはたいしたものじゃないけれど、「勇気の素」みたいなものがあるらしいんですね。しかしこの秋には九十三歳になる私には、もうひとに勇気を与える力はなくなりました。なくなった力をふるい起すために、しばしば私はヤケクソにならなければなりませんでした。ヤケクソの力で連載はつづき、そのおかげで、脳細胞の錆はいくらか削れてなくなりかけていた力が戻って来たと思います。人間は「のんびりしよう」なんて考えてはダメだということが、九十歳を過ぎてよくわかりました。

 

 女性セブンさま。有難うございました。

 讀者の皆さま、有難う。ここで休ませていただくのは、闘うべき矢玉が盡きたからです。決してのんびりしたいからではありませんよ。

 

   2016年 初夏    

 

                            佐藤愛子

 

 

 

 

 

佐藤愛子(さとう・あいこ)

大正十二年大阪生まれ。甲南高等女学校卒業。昭和四十四年『戦いすんで日が暮れて』で第六十一回直木賞、昭和五十四年『幸福の絵』で第十八回女流文学賞、平成十二年『血脈』の完成により第四十八回菊池寛賞、平成二十七年『晩鐘』で第二十五回紫式部文学賞を受賞。エッセイの名手としても知られ、近著に『孫と私の小さな歴史』や『役に立たない人生相談』がある。(本書より)

 

 



ではでは。



今日も最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございました。
明日?春が来ますよ〜!

 

 

 

【今日の一冊】 「文士の友情」安岡章太郎・著 〜 吉行淳之介が村上春樹を語ってる!

  • 2016.11.17 Thursday
  • 15:59

 

こんにちは

 

さっそくですが、それがし(本著のなかで)吉行淳之介が村上春樹を語っていることにほんと驚きました。今でもこのふたりの接点がうまく想像できないでいます。それはともかく、この一冊は興味津々で常にわくわくしながら読みました(こんなこと近年にないことで自分でもびっくりしています)。しかし、文章がほんと読みやすくて感心しています(偉そうにすみませんが)… 参りました。

 

安岡章太郎様

 

 

 

 

【今日の一冊】

  文士の友情・吉行淳之介の事など

  安岡章太郎

 

 

 

2016年・平成28年1月1日発行 新潮社

 

 

 

こちらが目次です、

 

  *

 吉行淳之介の事

 1 シャンパンの朝

 2 吉行のカリスマと楽天妄想

 3 三角波に向う父親の頭

 4 末期戦中派自伝[上]

 5 末期戦中派自伝[下] 

 6 秋の気配[上] 

 7 秋の気配[下]

 8 俊寛と焼飯

 青空を仰いで浮かぶ想い

 豆と寒天の面白さ

 好天の夏日 ── 吉行の死

  **

 弔辞 遠藤周作

 縁について

 遠藤周作との交友半世紀

 遠藤周作宛書簡

 逆戻りの青春

「繰りかえし」の闇のなかで

 声と言葉

 天上大風 弔辞 八牧一宏

「死の書」

 夕方の景色

 朽ち惜しさということ

 回想ヤールタ海岸

  ***

 対談 人間と文学

 安岡章太郎 小林秀雄

 座談会 島尾敏雄〈聖者〉となるまで

 安岡章太郎 小川国夫 吉行淳之介

 座談会 僕たちの信仰

 安岡章太郎 井上洋治 遠藤周作

 あとがきに代えて 安岡治子

 

以上です。

 

 

 

ここで吉行淳之介が村上春樹を語っていると冒頭に書きましたが、いったいどんな調子なんでしょうか?それは「シャンパンの朝」にあります。ちょっとご紹介しましょう、

 

… ところで、吉行が「マルキ・ド・サド」のシャンパンを持ってきてくれた日は、余程機嫌が好かったと見え、吉行は自分の方から、「どうも、この頃の文壇は新興芸術派が売り出した頃と似てきたようだな」と、意外なことを言い出した。━━ それはどういうことだ、と訊くと、吉行は言った。「まず村上春樹、さしあたりあの男が昭和初期の 龍胆寺雄(りゅうたんじゆう)さ」なるほど、そう言われてみると村上春樹は平成の龍胆寺雄かもしれない。

 

題材やコトバの目新しさに工夫をこらし、それをセーリング・ポイントに読者を大量に掴むところなどは、たしかに似ているし、また村上氏が空っぽの井戸の底に一人でもぐって空を見上げながら、歴史に想いをいたすなどと言い出すところなんかは龍胆寺氏の小説に通じ合う要素がある。また龍胆寺氏はサボテン作りにかけては「日本一」といっていい才能の持ち主である旨、昔の雑誌で紹介されていたのを見た覚えがあるが、村上氏にも何かそれに比敵する”特技”があるのかもしれぬ。しかし、吉行が続けてこう言ったのには、少なからず本気で驚いた。「村上が龍胆寺なら、島田雅彦は吉行エイスケさ」じつは私は、吉行エイスケの作品は殆ど読んでいないから、なぜ島田雅彦が吉行エイスケなのか、理由は分からない。ただ、最後まで読み通せない文章を書くという点で、吉行にとって雅彦は平成のエイスケなのだと解釈すると吹き出した。 

 

こんな感じでありますが、ここで正確にというか正直に言いますと、それがし、文士の友情これ読むまで失礼ながら「龍胆寺雄」なる人物(作家)って、まったく知りませんでした聞いたこともありません。このような方がいたと知って二度びっくりしていますが、龍胆寺雄、こんど読んでみようかな … 。

 

この作品については日を改めて、いろいろと書き込みたいと思っています。

 

 

 

ではでは。

 

 

冬将軍よ、早く来い! (うそですが)

今日も明日も、車は安全第一でお願いします!

 

 

 

 

この秋、フランス山に安岡章太郎がやって来る !!! 〜 神奈川近代文学館にて。

  • 2016.09.17 Saturday
  • 17:29

 

こんにちは

 

秋ど真ん中ですが、お元気ですか?

 

 

さっそくですが、この秋に予定されている展覧がこちらです。 

 

⇩  こちら、展覧会サイトへ飛びます!

 

特別展「安岡章太郎展 ─〈私〉から〈歴史〉へ」

 

神奈川近代文学館  にて10月1日(日)から11月27日(日)まで開催されます。

 

 

 

先日、こちら「海辺の光景」(かいへんの光景) を急ぎ amz にて購入し、現在、50年ぶりに再読中です。当然 ?!  内容はほとんど記憶にありませんが、それでも実に懐かしいです。自分で言うもなんですが、こういうかたちで再会できたことがほんとにうれしい。今は、一字一句、こころに刻みながら読んでいますが、主人公「信太郎」の正直さに心根に感心しながら、改めて敬愛の念を強くもちました。はい、信太郎はまさに安岡章太郎自身と感じます。

開催が待ち遠しいです !!!

 

 

 

 

 

1965年・昭和40年4月20日発行 新潮文庫

 

 

 

こちらの画像をクリックすると、神奈川近代文学館・サイトへ飛びます。

 

 

神奈川近代文学館サイトより           撮影=小澤忠恭 「安岡章太郎」文字デザイン=田村義也  

 

 

 

いつも通りに展覧のあとの赤ちょうちんが楽しみです。

コオロギさん、一報、ありがとうございました。

わだば章太郎になる !!!

 

 

ではでは。

 

どうか車の運転は安全第一でお願いします!

 

 

 

 

 

2016.3.11 今日の一冊 〜 「リスボンへの夜行列車」 パスカル・メルシエ

  • 2016.03.13 Sunday
  • 02:10


こんにちは

 早く諸手を挙げて春がきた ─ ! って叫びたいですが、今日は朝からず〜っと冷たい雨が降っています。今のところはこの雨のお蔭で楽なんですが、なんか近ごろ花粉がひどくなってきたようです … たまに思います、目の球を取り出して、ぬるま湯に浸けながらへちまのブラシでやさしく洗いたくなります ??!!  … そんな訳で少々体調は下降気味であります。

お元気ですか?

さて、先日、amz tv で映画「リスボンに誘われて」を観たんですが、実際、このタイトルからは想像もできない、それはそれはシリアスなテーマで奥が深い物語でした。ほんとよかったです。最初、観るまではストリーに興味はなく、好きなリスボンの街並み拝見!みたいな軽いノリで見始めたんですが、始まって10分が過ぎたときにはすっかり虜になっていました。
 
そうなった訳はいろいろとあるみたいですが、一番には主人公のライムント・グレゴリウス( ギムナジウム の教師・古典文献学者)を夢中にさせた「言葉の金細工師」と題された小さな本にあったようです … 映画ではこの本が大事なモチーフとなっています。このポルトガル貴族が綴った本にそれがしはライムントに同じく完全に魅せられてしまいました。ライムントはこの本を評して、ずっと考えていたことが全部書いてあると話し、心に残る文章として「人生を導くのは偶然だ 残酷さと思いやりと幻惑的な魅力に溢れている」とし、ここでいう偶然とは偶発性のことだと思うと言っています。それがしにとっては特にここですね、 " 自分自身へ旅をする " これを耳にしたときは、もう瞬間凍結されて身動きができなくなりました! … ここに想いのたけを綴ってみたいのですが … どうもネタバレとなりそうです、この映画をまだご覧になっていない方は、どうかご注意のほどお願いします … ここはどうぞビヨンドしてください!




 本題に入りましょう、それがし、この映画がスタートして間もなく、あれよあれよと完全に躰丸ごと?ライムントと化しておりました(お蔭で夕飯の買い出しに行けませんでした … 夕方の5時を過ぎて好物のライ麦パンはきっと売り切れてるだろうな?とかオニオンサラダも無くなってるかな?なんてしょうもない想像がパラパラと過っていくなかで、全編1時間と51分のドラマはゆっくりと、一歩一歩、確かな足取りでその核心へと近づいていくのですが、それとは裏腹にそれがしの気持ちは秒単位で「言葉の金細工師」の語りの世界へ、心地よく、どんどんと埋没していきました。






Re. DVD ジャケットより






Re. DVD ジャケットより










ここで、そもそも「言葉の金細工師」の語りとはいったいどんなものだったのか? 少々長くなりますがいくつかをまとめて、ご紹介しましょう(これが書きたくてアップしたのが本音であります … m.(__).m ) しかし、人生について … 実にいろいろな解釈というか考え方があるんですね! それにしても、人生に残りがある・・・今の今までこんなこと考えもしませんでしたが。


 ・人生の一部しか生き得ないなら 残りはどうなるのだ?

  ここで余計な一言を … 原作では、
  我々が、我々のなかにあるもののほんの一部分を
  生きることしかできないのなら ─ 残りはどうなるのだろう? 
  とありますが、果たしてどちらが好みでありましょうか?



 ・我々は今ここに生きる 以前 別の場所で起きたことは過去であり ─
  忘れ去られる

 ・目の前に横たわる 長い時間(とき)に ─ 何ができようか? 
  大きく開かれ ─ 自由で羽根のように軽く不安で鉛のように重い時間
  これは夢のように はかない望みなのか?
  ふたたび人生の あの時点に立ち
  現在の私へ導いた道とは 違う方向へ進みたい
  そんな望みなのか?
 


 ・我々は 自己の一部を残し旅立つ
      そこを離れても 同時に留まるのだ
    自己の内には ─
      戻った時にだけ見つかる 何かがある
  人生を十分に生きた時 我々は ─
  自分自身へ旅をする 
  たとえ人生が どんなに短くても


  * 偶然にも、この一文が流れていたシーンとメガネ屋さんの一言、
    " その人生に戻るのね " のラストシーンを YouTube で見つけました!
    あっ、でもここでは、当然、日本語の字幕はありませんが … 。
    興味のある方はご覧あれ!
  
 ➡  " Night train to Lisbon - Final 2 " by Serge Maillard



 ・しかし たどり着いた先にあるのは孤独だ
  すべての行為は 孤独への恐怖に由来するのに
  だから人生の最期に 後悔しそうなことは ─
  やらないのだろうか?

 ・結局は 自分像の問題なのか?
  肯定し得る人生にするため成し遂げ 経験すべきことを
  自らに課した 人生像のせいなのか?
  ならば 死への恐怖とは
  自分がなろうとした人間に なれないことへの恐怖だ
  完全な自分になれないという 確信に襲われる時 ─
  残された時間をどう生きればいいか分からなくなる







* こちら、第63回ベルリン国際映画祭のサイトです。
  出演者のレッド・カーペットのショットとインタビューとかがあります!
    
 ➡  " Night Train to Lisbon ( out of competition ) "
  
 ( 画面をクリックしても飛びます )
 



 ・人生の重要な分岐点 ─ 
  生き方が 永久に変わる瞬間に
  騒々しい演出が あるわけではない 
  実際には ─
  人生に変化をもたらすものは
  ひそやかに忍び寄る
  その瞬間は静かに展開し ─ 
  まったく新しい光のもとに 人生が照らし出される
  それは静かに起こる
  そのすばらしき静寂にこそ 特別な高貴さがある

 ・若い時は皆 不死であるかのように生きる
  死の自覚は 紙のリボンのように ─
  我々の周りを つかず離れず踊るだけだ
  それが変わるのは 人生のどの時点でだろう?
  そのリボンが我々の首を 絞め始めるのは いつだろう?  


 ・・・などです。


それがしにはほんと心身ともにピッタリ感がいっぱいの映画でした。
繰り返しますが、・・・自分自身へ旅をする・・・ この言い回し? 大昔から思い抱いていたものなので、ほんと感動というか驚いてしまいました … そしてうれしかったです … ここだけフォントをデカくしちゃった! はい、元気を出して自分自身への旅を続けていきます。

 
 

・・・なんか後先になってしまい失礼しました。
ここから、その原作本を紹介します。それがし映画を観てから、ふと思いました。もしかしたら原作のなかにもっとたくさんの「金細工」が埋もれているのでは? と思って原作本を購入しました。とは言っても(失礼ながら)まだ読了していません … 現在、まだ三合目あたりです … 内容は、正直、難しいですがおもしろいです!ほんとはきちんと読んでからと思っていたのですが、余りにペースが上がらないので見切り発車?させてもらいました … おまけにこの本は二段抜きの印刷なのでページ数に換算すると 1000ページ近くになります、フォントも小さくて目が疲れるし … やれやれ(最近、ヤキが回ってきたようであります m.(__).m )今回の原作本は特にじっくりと読んでいますので、いつ頃に読了できるのか見当もつきません!… そのときが来ましたら、ここに報告させてください!



【今日の一冊】
リスボンへの夜行列車(Nachtzug nach Lissabon)
著: パスカル・メルシエ
訳: 浅井晶子
早川書房
2012年3月25日










パルカル・メルシエ Pascal Mercier
スイスの作家、哲学者。
1944年6月23日、ベルン生まれ。
本名ペーター・ビエリ。
本業はベルリン自由大学の教授で、専門の哲学研究を生かして小説を執筆してきた。論文を剽窃した言語学者の苦境を描く「パールマンの沈黙」(1995)、殺人を犯した調律師の双子の子供の葛藤を描く「ピアノ調律師」(1998)は高く評価された。本書「リスボンへの夜行列車」(2004)は著者がブレークスルーする契機となった作品。ドイツで二百万部のベストセラーになり、世界三十一ヵ国で刊行された。累計販売部数は四百万部を超える。2007年には、定年により教授職を引退し、著述業に専念している(本書・案内より)。


本書・表紙裏の解説には、

 古典文献学の教師ライムント・グレゴリウス。五十七歳。ラテン語、ギリシャ語、ヘブライ語に精通し、十人以上の生徒と同時にチェスを指せる男。同僚や生徒から畏敬される存在。人生に不満はない ── 彼はそう思っていた、あの日までは。 学校へと向かういつもの道すがら、グレゴリウスは橋から飛び降りようとする謎めいた女に出会った。ポルトガル人の女。 彼女との奇妙な邂逅、そしてアマデウ・デ・プラドなる作家の心揺さぶる著作の発見をきっかけに、グレゴリウスはそれまでの人生をすべて捨てさるのだった。彼は何かにとり憑かれたように、リスボンへの夜行列車に飛び乗る ── 。 本物の人生を生きようとする男の魂の旅路を描き、世界的ベストセラーを記録した哲学小説 … とあります。


本書の冒頭には、以下のように三つの名言が紹介されています、

我らの人生は
死である海へと
向かう川だ

ホルヘ・マンリケ




我々はみな、所狭しと並んでだらしなくぶら下がるぼろ切れから成っているに過ぎない。それぞれのぼろ切れは好き勝手にはためいている。だがそれゆえに、自身と他人とのあいだにあるのと同様、我々と我々自身とのあいだにも多くの相違があるのだ。

ミシェル・ドゥ・モンテーニュ『エセー』第ニ巻 




我々のひとりひとりが、いくつもの存在、多くの存在であり、己自身に満ち溢れている。それゆえに、自身の周囲を軽視する者は、周囲に喜ぶ者、または周囲に苦しむ者とは同じではない。我々の存在という広大な領域には多彩な種類の人間たちがいて、それぞれ異なった考えを持ち、異なった感じ方をする。

フェルナンド・ペソア『不安の書』1932年12月30日の記述





p.s.,
こちらは本書の腰巻ですが、少しは雰囲気を想像してもらえるかと … ??!!



☆IMG_1090☆2.jpg





☆IMG_1092☆2.jpg





☆IMG_1097☆2.jpg

 こちらのご婦人は、マリアーナ・エッサさん、リスボンのメガネ屋(眼科医)さんです! あのラストシーンで " その人生に戻るのね " は名訳だと思います! しかし、" ただ 残ればいいのよ " いささか、これはないでしょ!と声を大にして言いたいです、これではせっかくのメガネ屋さんも台無しと感じます。だいたいがこの言い方は、どこか命令的だし、ライムントには嫌われると思います(映画の世界ですけど)。どこか投げやりで、すごくはすっ葉な女に感じてしまいます(個人的にですが) … ここだけ、誠に残念でありました。
それでも、その人生に戻るのね! この優しさに勝るものはありません。そう感じました。





☆IMG_1099☆2.jpg



ではでは。

例によって、それがしの勘違いとか、誤字、脱字などありましたら、
教えてくれるとうれしいです。
頓首



今日も最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございました。
どうか、車の運転は安全第一でお願いします!



お ─ ぃ、桜じゃなくて、ウグイスはまだかぁ 〜  ??!!


 

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