2018Oct9 続編として「向田邦子との二十年 久世光彦(著)」から Rev.2 

  • 2018.10.09 Tuesday
  • 01:59


こんにちは
 

ちょっと早いですが、いいね、万太郎!

 

 

 

 

ゆく年やしめきりてきく風の音

 

   久保田万太郎

 

 

 

 

 

さて、さっそくですが   前回   に書き残してしまったと(つまりは忘れ物をしました!)思っているところがありましたので、ここに加筆させてもらいます。ところで季節はすっかり秋の様相を呈してまいりましたが、体調を崩さないようにご自愛のほど。

 

 

 

          

 

 

 

… 今回は「遅刻」のところです。あとにも書きましたが、『向田邦子は太宰治をあまり認めてはいなかった』と、久世光彦は書いています。それでも「走れメロス」これだけは好きであったとか。よかった!ちょっと安心しました。・・・ こんな感じで誠に勝手ではありますが折に触れて本編のもくじを辿りながら・・・ 随時、書き足していこうと思っています。いつ終了となるかどうか? これから先まで、しばらくお付き合いください。

 

 

こちらが「 向田邦子との二十年 」のもくじです、

 

 触れもせで

 遅刻 

 財布の紐

 漱石 

 名前の匂い 

 爪  

 昔の大将 

 春が来た

 私立向田図書館

 ゆうべの残り

 おしゃれ泥棒

 三蹟

 触れもせで

 青空、ひとりきり

 弟子

 雁の別れ

 アンチョコ

 ミス・メモリー
 小説が怖い
 上手い
 恭々(うやうや)しき娼婦  
   ラストシーン
 お母さんの八艘飛び
 三変わり観音
 死後の恋

 向田邦子熱 ─── あとがきに代えて

 夢あたたかき
 待ち合わせ
 縞馬の話

 ひろめ屋お邦

 昨日のつづき

 転校生

 姉らしき色(1)

 姉らしき色(2)

 イエとウチ

 間取り

 夢あたたかき

 帽子

 友あり

 叱られて

 向田邦子ファン

 祭りのあとの

 女正月

 いつか見た青い空

 さらば向田邦子

 

 座談会 忘れえぬ人

     加藤治子・小林亜星・久世光彦

 

 あとがき 

 

 

 



遅刻より 遅れる人がいれば、待つ人が居る。私は損な役回りで、いつも向田さんを待ってばかりいたような気がするが、それなら待たせる方がいい役かというと、そんなものでもない。このごろは中学の教科書にも載っているらしいが、昔読んだ太宰治の『走れメロス』という話しがこの年齢(とし)になっても忘れられないのは、待っている幸せを、あれこれ飾り立てないでまっすぐに教えてくれたからだと思う。向田さんという人は、あまり太宰を認める方ではなかったが、この小説だけは好きだと言っていた。

 

 ついでに「太宰って、男の人を酔わせる名人ね」とも言っていた。この言葉には、少年時代に太宰病に罹って、いつまでも治りきらない私たちに対する皮肉が半分と、そんな病気を嬉しそうに抱えている男たちへの羨望が半分、入り混じっているようだった。向田さんが言うには、好きとは言えても、こういう小説は女には書けないそうである。信頼という字を書こうとして、そこでどうしても手が止まってしまい、待つという言葉が男の人みたいにきれいに発音できないというのである。そんな話をする向田さんは、いつもみたいに元気ではなかった。原稿用紙に意味のないいたずら書きをしながら、何だか気が重そうだった。この人は、信頼できない誰かを待っているのだろうか。私は、そのときふと思った。… … …

 

 あの人が待っていたのは、いったい何だったのか。そんなことがわかれば人生なんて易しいのかもしれない。それがよくわからないから、人はいつだって不安なのだ。おなじ太宰の小品に『待つ』(こちらに全文がありますという話しがある。『女生徒』とか『葉桜と魔笛』などとおなじように女の一人称告白体の短編だが、日暮れどきになると毎日きまって駅前のベンチに腰掛けて何かを待っている女の話である。この女はだいたい何を、あるいは誰を待っているのか自分でもわからない。ぼんやり人の行き来を眺めて帰るだけなのだ。何だか訳のわからない不安に追いかけられるようにして毎日駅まできてしまう。待っているのはお友達でもない旦那さまでも恋人でもない。もっと和やかで明るい何か、たとえば春、青空、五月、近いけれど、どれもちょっと違う。《・・・ああ、けれども私は待っているのです。胸を躍らせて待っているのだ。眼の前を、ぞろぞろ人が通って行く。あれでもない、これでもない。私は買い物籠をかかえて、こまかく震えながら一心に一心に待っているのだ。・・・》。

 

 そのベンチの女の顔に、向田さんがダブって見える。この小説を読むたびにそう思う。快活でいつも歯切れのよかった向田さんに不似合いな役のようで、よくよく見るとそっくりなのである。あの人が生きていたときには、そんなこと考えたこともなかった。いなくなってはじめて、こんなふうに思い当たるということがあるものだ。あの人は、自分であまり好きではないと言っていた太宰の女主人公たちと、実はかなり近い親戚だったのかもしれない。… … … 次回は、漱石からの予定です。

 

 

 

 

 

(2018 Oct. 19 19:55 Rev.2)

 

こんにちは 

二度目のカキコですが、前回は「太宰って、男の人を酔わせる名人ね」なんてさり気なく、言い切る向田邦子に感心してしまいました(偉そうにすみません!)。やっぱり作家のひと言は違うねぇ〜 !!! 

 

 

さて、きょうの久保田万太郎はこちら、

 

 

 秋風や水に落ちたる空のいろ

 

 

… あぁ 〜 しびれるぅ〜 !!!

久保田万太郎句集・こでまり抄・成瀬櫻桃子編(ふらんす堂)より

  

 

 

 

         

 

 

                    久保田万太郎句集・こでまり抄・成瀬櫻桃子編(ふらんす堂)

 

       発行 1991年9月20日

       著者 久保田万太郎 ©Mantaro Kubota

       発行所 ふらんす堂

       句集 こでまり抄

 

 

     久保田万太郎(1889 - 1963)

     東京浅草生れ。小説家・劇作家・俳人。

     生家は祖父の代から袋物製造業であった。東京府立三中在学中から

     文学書に親しみ句会に出る。同校中退後、慶應義塾普通部を経て、

     同大学部文科に進む。文科一年のときに書いた小説「朝顔」が永井荷風

     に認められ新進作家として文壇に登場した。俳句は中学時代、大場白水郎

     らと秋磬会系統の句会を廻って覚え、大学時代、三田俳句会で 山 月・

     岡本癖三醉・上川井梨葉らの知遇を得、その後、松根東洋城のもとで厳し

     い研鑽を経た。小説家・劇作家として多忙になり、一時中断した時を除き、

     死の日まで句作を続けた。昭和38年5月6日、食餌誤嚥により窒息して死去。

     享年74歳。俳号は、当初暮雨、一時傘雨と称したが、のち万太郎の本名を

     用いた。

      「俳句は余技」と称していたにも拘わらず、その洗練された句風は他の追随

     を許さぬものであった。昭和21年安住敦の擁立により俳誌「春燈」主宰とな

     って以後、一層作句熱が高まり珠玉の作を遺した。「即興的な抒情詩、家常

     生活に根ざした抒情的な即興詩」「心境小説の素」というのが俳句に対する

     信条であった。昭和22年、芸術院会員就任、昭和32年、文化勲章を受けた。

     [著者]句集『道芝』(昭2)『ももちどり』(昭9)『わかれじも』(昭10)

     『ゆきげがは』(昭11)『久保田万太郎句集』(昭17)『これやこの』(昭11)

     『春燈抄』(昭22)『冬三日月』(昭27)『草の丈』(同)『流寓抄』(昭33)

     『流寓抄以後』(昭38)がある。(本句集より)

 

 

 

                 成瀬櫻桃子・なるせおうとうし(1925 〜 2004)

       俳人。「春燈」主宰。中学一年より俳句を始め万太郎に師事。万太郎の「春燈」

       創刊とともに参加。万太郎没後、安住敦に師事、敦没後「春燈」を主宰する。

       俳人協会理事。日本ペンクラブ評議員。日本文芸家協会会員

       〔著書〕句集に『風色』(第13回俳人協会賞受賞)『素心』『自註・成瀬櫻桃子集』

         著書に『古寺散策』『現代俳人』(共著)『我が愛する俳人』(共著)等がある。

    (本句集より)    

 

 

 

 

 今回は 漱石 から、いまの読者は漱石を読むときに、国語辞典を傍らに置くという話がある。言ってみれば、『枕草子』や『伊勢物語』とおなじ読み方ということである。とするなら鏡花もそうだろうし、鴎外だって辞書なしには読めまい。つまり向田さんや私たちの世代が、あのころ父親の本棚からこっそり取り出しては読み耽った『明治大正文学全集』に収められていた小説たちは、いつの間にか古典になってしまっているのだ。しかし、一千年昔の平安と、たった五十年前の『明治大正文学全集』とがおなじ古典というのは、やはり納得できない不思議としか言いようがない。当今のように世の中がめまぐるしく変わって行くと、過去は車窓に流れる風景のようにどんどん遠くへ離れてしまうのもわかると言えばわかるのだが、ときには途中下車して静止した風景を眺めたりもしないと、少なくとも〈文化〉という点ではおかしなことになってしまう。ただ駆け足で生き急ぎ、死に急ぎ、ようやく末期の眼で静止した風景に行きあたってみたら、それは荒涼とした白い枯野だったというのでは情けない。

 

 などと、年寄りじみたことを考えているうちに、たとえば漱石のどんなところに国語辞典が必要なのか、気になりはじめて、任意にページを開いてみることにする。まず『三四郎』の冒頭に〈頓狂〉というのが出てくる。〈発車間際に頓狂な声を出して、駈込んで来て・・・〉という件りである。そう言えばこのごろ、日常会話で聞かなくなった言葉である。〈素っ頓狂〉ならまだわかるかもしれないが、〈頓狂〉のままでは、だしぬけに調子はずれの言動をする、という意味は伝わりにくい。次に『草枕』。私は書き出しの〈智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい〉というところまでは空で言えたが、向田さんは更にその先の〈住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。・・・〉から〈人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。・・・〉あたりまで覚えていたのでびっくりしたことがある。

 

 けれど、私たちぐらいの世代で漱石を暗記しているのは別に珍しいことでも何でもなかった。若かったからだとは思うが、好きな文句を暗記することはちっとも苦にならなかったものである。その『草枕』の第五章、床屋のシーンに〈道理で〉〈癇性〉〈名代な〉〈罵詈される〉〈得心ずくで〉〈御新造〉と立て続けに出てくる。最初の〈道理で〉が分からない人はまさかいないだろうが、ふと考えてみると今日一日、起きてから寝るまでの間に耳にした覚えはない。日用語でないことだけは確かである。

 

 これらを少し分類してみると、死語と半死語にわけることができそうだ。死語に属するのが〈名代な〉〈罵詈される〉〈御新造〉で、半死語が〈頓狂〉〈道理で〉〈癇〉〈得心ずくで〉である。死んでしまったものは仕方がないが、まだ息のあるものは何とか生き永らえさせられないものだろうか、向田さんはよくそう言っていた。だからエッセイや小説の中で、明らかに意図的にそのたぐいの言葉を使っていた。何も古い言い回しが懐かしかったからではない。その言葉にしかない味や香りやニュアンスが死んで行くのが残念でならなかったのである。ちょっと妙な言い方だが、向田さんは日本語が好きだった。考えようによっては面倒なことではあるが、一つことを幾通りにでも表現したり、持って回って言ったりする日本の言葉を、とても大切に思っていた。だから、まだ有名になる前の彼女の随筆を読んだ人が、明治生まれの老女を想像していたという話も、笑ってしまうが、もっともだとも思う。例の『草枕』の〈得心ずくで〉などは何度も使っていたような気がする。

 

 いちいち出展は挙げないが、向田さんの書いたものをパラパラめくっていると、漱石ほどではないにしても、半死語が次々に現れる。〈到来物〉〈冥利が悪い〉〈悋気りんき〉〈按配〉〈目論見〉。まだある。〈気落ちする〉〈持ち重りのする〉〈了見〉〈昵懇じっこん〉・・・ どれも他の言葉に置き換えにくい、暖かい人の体温のようなものを感じさせる言葉ばかりである。ちっとも古くはないし、わかりにくくもない。日本語の優しさと暖かさが、春の水のようにゆったりと伝わって来る。どうか国語辞典を引いて、そのぬくもりを感じ取って欲しい。… … … 次回は、名前の匂いからの予定です。

 

 

 

ではでは。

 

 

 

今日も最後までお付合いくださいまして、ありがとうございました。

どうか、自分だけの秋とめぐり会えますように!

 

 

 

 


 

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(2018Sep15)2018年度ディ プロ講演会〜望月衣塑子氏・明治大学駿河台キャンパス

  • 2018.10.01 Monday
  • 05:31

 

こんにちは

 

先日、望月衣塑子氏の   講演会(御茶ノ水駅下車) に参加してきました。主催は、ル・モンド・ディプロマティーク日本語版の会でした。この会の詳細については こちら をご覧ください。

コオロギさん、お疲れさまでした。

 

 

 

   

 

 

 

こちらは、当日いただいた資料(部分)ですが、その内容は … … …

 

 

 2018年度ディ プロ講演会

「 望月衣塑子記者(東京新聞)が語る政治とジャーナリズム 」

 

 中東、アフリカ、アジア、欧米なと世界各地の問題をルポルタージュや論説記事などで幅広くカバーしているフランスの国際月刊評論紙 ル・モンド・ディプロマティーク(ディプロ)は、近年、武器輸出、MeToo(ミートゥー)運動、南北朝鮮問題などに関する批判的・分析的記事を数多く掲載し、世界中の読者の注目を集めています。同紙の翻訳記事をネット上で無料公開しているディ プロ日本語版の会では、武器輸出や「モリカケ」問題などの調査報道を精力的に続けている東京新聞の望月衣塑子記者をお招きし、日本の政治とメディアの問題をテーマにお話しいただきます。講演後には参加者の皆様との意見交換も行い、国際的視点をベースに日本の政治とジャーナリズムについて考えたいと思います。

 

🔶日時:9月15日(土)午後3時〜5時半

🔶場所:明治大学駿河台キャンパス リバティータワー14階1143教室

    (東京都千代田区神田駿河台1-1)

🔶資料代:一般1000円、会員800円、学生500円(学生証をお持ちください)

🔶定員:150人 

🔶主催:ル・モンド・ディプロマティーク日本語版の会

  ※要申し込み。グーグルフォーム(https://goo.gl/forms/2174MBvqLBFc6SIJ3)で

   お申し込みください。

  ※お問い合わせは日本語版の会まで(diplojapon@gmail.com 携帯080-4451-1954)

   LE MONDE. diplomatique 

 

とありました。

 

 

この日、講話の前半は先日の  わらび市での講演  とほぼ重なるものでしたが後半では以下の通りに幅広いものでした。その一部をちょっと箇条書きにしました。今さらでいい加減うんざりですが少々辛坊をいただいて・・・。 尚、当日、会場での録音は許可されました。

 

・福田財務次官のセクハラ疑惑

 福田淳一前事務次官「すっごい好きだという気持ちと〜胸を触りたいという気持ち

 と〜キスをしたいという気持ちが同時に沸き起こっている」本人否定も辞任、処分

 

・二次被害助長する政治家たち

 「週刊誌に売ること自体がはめられている。ある意味では、犯罪だと思う」「はめ

 られたという意見もある。全部男性記者にすれば。女性の声、流してもいいだろ」

 

・菅官房長官とのやりとり(6月8日)

 i 准強姦事件で、上層部のストップがかかったのか。被害者の沙織さんが、一番心

 を痛めている。充分な捜査するには、身柄を取り調べるのが本筋では、中村氏の判

 断に問題はないのか … … … (菅)私はまったく承知していない。警視庁におい

 て必要な捜査がつくされて、また検察庁で不起訴処分になったと、こういうことだ

 

 ii 現役員が身の危険を冒し告発。しかも複数。実名告発に踏み切った場合、適正な

 処理するか。公益通報者保護制度の精神に基づき、保護された上で意見を聞くのか 

 … … … (菅)仮定に応えることは控える。いずれにしろ、文部科学省で判断する

 

 iii 仮定でなく、出所不明だから調べられないと繰り返されているが、勇気をもっ

 て出所を告発した場合、話を元に調査を行っていただけるのか … … …(菅)です

 から、仮定のことに答えることは控える。文部科学省において判断をする・・・報

 道室長から「同趣旨の質問はお控えいただけるようにお願いします」と注意・・・

 

 堯,ちんとした回答をいただけてると思えないので、繰り返し聞いています。

 どなたかの告発で出所が明らかになっても、政府として、それを真摯に汲んで調べ

 るかどうかは、回答保留か … … …(菅)ですから、仮定のことに答えることは控

 える。文部科学省において判断をする

 

 

・総理執務室へ駈込んだ菅環濠長官 翌日、文書「再調査」が決定

 昨日、午前の菅官房長官の会見では記者との間で30分近く「なぜ再調査をしないの

 か」といった論点で激しいやり取りが繰り広げられ、菅官房長官は状況を説明する

 ため、その足で総理の執務室へ駆け込んだほどだった(2017年6月9日TBSテレビ)

 

・なぜ厳しい質問が出ないのか? 記者クラブ制度の弊害? メリットとデメリッ

 ト 番記者の気持ちもわかるが …  記者が記者の質問をさえぎる

 

・事前に質問を渡す 〜 官邸と記者の茶番劇 ?!

 

・最近は官邸報道官が「今のかたあといち問!」〜 メディアの役割とは?

 

 

以上、このような内容でありましたが、これ以外には政権批判はもとより、赤坂自民亭、日銀に操作される日本の株価とか、生活は豊かになっているのか? 米軍と一体化する日本とか、トランプ関連の話、武器ビジネス、南北首脳会談、日本の防衛予算、ミサイルの話、沖縄の話、等など、実に多くのテーマでありました。

 

 

 ここで、それがしの個人的な感想としてひと言いわせてください。前回のわらび市での講話にラップさせてもらい、今の望月衣塑子氏には大いに期待したいと再確認できました。しかし、無理難題?をいわせてもらうと、全体的にその話の根拠が今ひとつひ弱だ!とにかく弱い(足りない、力不足?)のように感じて説得力に乏しい!… 残念ですが未熟さのようなものを感じました。

 

ハッキリ言って、迫力不足! こんなこと言って失礼ながら、世のなか単なる正義の味方だったらいくらでもいます!(たぶん) とそれがしは勝手に思っていますが。どこかしら情熱、パッション?がまだまだ足りない!大切なモノがハッキリと力強く、こちら側に響いては来ませんでした。

 

お言葉ですが、いち新聞記者と政治とか軍事とかの評論家の違いを垣間見た思いでありました(偉そうにすみませんが)。繰り返しますが、まだまだ、望月氏の経験不足みたいな面がちらちらと見え隠れしているように映りました。しかし、何から何までひとりで対処するのは不可能ではありませんか? 眼の前に望月氏がいたら、いの一番にそう聞いてみたいです。間口を広げるだけ広げて、このあと一体全体どうすんねん? と問い詰めてみたい心境なり(あっ、お節介なのは百も承知であります!)。

 

つまるところは人生の生きざまの問題か ??!! いきなりビヨンドして済みませんが。それがし、偉そうにそこまで言い切れるほどの人間ではありません。それでも一応、最低限の恥というものは心得ているつもりです。すでに手遅れかも知れませんが? これ以上は言葉が出ません! とにかくに残念と感じました。

 

しかし、望月氏はまだまだ若いです。ましてや「〇〇評論家デビュー!」というわけでもないし。これからも、社会部のいち記者として(仮に新聞記者を卒業されたとしても)そのエネルギッシュな講演と取材活動にこころより応援します! 強く支持し大きく期待したい !!!  ところで余談ですが、第二第三の前川喜平氏の出現を心待ちにしているけど、大 丈 夫 か な ??!! 

がんばれ、望月衣塑子 !!!

 

 

ではでは。

 

 

p.s.,

i こちら(弊blg.)に、本日のヒロインであります、望月衣塑子氏をご紹介してからというもの … … … みなさんのレスポンス(アクセス)が凄まじいまでの減り方にちょっと意外で! ビックリしていますが … なんと表現していいのやら ?!   ハッキリ言って政治の話はやっぱり、ご法度でありますかね? 外出先?ではこの日本では、古代からの決まり事? まぁ、ここのblg.は生命維持装置(元気確認装置)のようなものと考えてオープンしたのでバナーひとつ張ってはいません! アクセス数が減ろうが増えようが、オラ、知らねぇ!ってな調子で呑気に構えていますが(ほんと) ・・・ 以上、あの苦労人の野村監督のボヤキのようなもの?(野村監督、失礼しました!)

 

… ちょっと余談ですが、こちら(弊blg.)に 2016年6月のサンデー毎日に掲載されたスノーデン氏のインタビュー記事(五週連続)を紹介したときはほんとビックリでした!確か二日間で、三万件くらいヒットした記憶があります・・・ 小心者のそれがしはプロバイダへ連絡して調べてもらいました。その結果、組織的なルーターは見当たらないのでクローラーではなく、個々の(個人から)ルーターが数多くみられるので、個人からのアクセスと判断できるとのことでした。ほんと安心した覚えがあります。勿論、それがしは IT なんじゃらほい?みたいにズブの素人なので、ことの詳細について正確なことは分かりませんが … 。

 

アクセス件数について、そのころはだいたい、ひと月でザックリ 1000 〜 4000 件?くらいでしたから(因みに先月(9月)は、1200件ほどです)、故にそのビックリ度がお分かりいただけるかと … しかし、望月氏はネット上での批判は、それ相応にショックだったようです。どうか元気出して行きましょう!日々の業務をこなしてから、あれだけの講演会をやって… ほんとに頭が下がります。しかし、ひとそれぞれに思想とか価値観の相違?とはいえ、それがしは、正直、呆れていますが … 政治が絡むとほんとややこしいですね。

がんばれ、望月衣塑子 !!!

 

 

ii 先日のこと、ひょんなことから「アルジャーノンに花束を(ダニエル・キイス)」なる小説を知りました。本日、amz. より届いたので、今からゆっくりと読んでみます … はぃ! 期待通りだったら、ここに報告します!まったくないときは、没、つまりはNGであったということで!… これ、アルジャーノンに??、昔、どこかのTVでやってた ??!! TVはBSの海外ニュースと天気予報くらいしか見ませんので … あとMLBはみています。国内のはやかましいので耐えられません! まぁ、どうでもいいけど。失礼しました!

 

 

iii いろいろと今回は、言いたい放題でした。いつも書いていました、ここで政治の話はゴメンです!なんて勝手なことをいっておきながら・・・愚痴もほどほどに気をつけますので、どうかご容赦のほど。特に政治がらみは・・・やっぱり不愉快にさせるのでありましょうか ?!

 

 

   今回、ご紹介しました、主催:ル・モンド・ディプロマティーク日本語版の会サイトにあります、『 福島原発事故から7年 ─── 日常になりつつある悲劇 』  この記事をみなさん、ぜひご一読ください。それがし、確かな力感でショックを受けました! 正直を言って、個人的に日常のどこかで FUKUSHIMA を置き忘れていたようです。反省しています。 今さら … この期に及んで恥ずかしいのですが … でもでもFUKUSHIMA、 ほんとに大丈夫か ?!

 

 

 今、高校のときの同窓会を計画していますが、連絡先(相手側)に信用されるまでが大変です。酷い時代に?酷いニッポンになりましたねぇ!(また、愚痴かぁ!)ラァ ラァ ラァ!あっ、アラビア語で No!の意味です。因みに Yes は アイワ と言います。元へ、これ愚痴じゃなくてほんの泣き言です。(やっぱり、愚痴じゃん!)… … … 同窓会といえば往復葉書きで・・・面倒この上ないので、SMS これ一本です。便利になりました、一回、通ったら?次回は説明不要ですから、ほんと話が早いです。当たり前ですが、本人対本人ですから、即、コミュニケーションが完成できます。

 

自然とことはスムーズに流れていきますよ。仲間に言っています、一人づつでいいからゆっくりと増やしていけばいいんだ!(でも、あまりゆっくりだと、ねぇ、誰もいなくなったりして … ある日、ふとふりかえったら誰もいなかった!なんて洒落にもなりませんねぇ!・・・ やれやれ)それがしは LINE やってないので仲間に頼んで、いま住所録?あのツリー形式?のを作っています。

 

近いうちに二回目の開催ですが、人生70歳を過ぎるとそろそろ、人生の落としどころをみつけないといかん!なんてことを思い、考えるようになるんですね。気がつくとだいたい、みんな同じことを考えていたりします。それでも「人生の落としどころ」って、なんですかね?

それがしは、けりを付けることだと思っていますが ?!  果たして貴方は・・・。

 

 

vi 最後になります、繰り返しますがほんと言いたい放題でした! いまは実にスッキリとしたいい気分であります。積年の〇〇を晴らしたようなとは、きっといまのこの気持ちのことだと勝手に納得しています。 でもでも、これでスッキリした、いつ閉めても悔いはありません!(ほんと)… 以前からですが「 スノーデン氏の語り」にいつまでも頼っているようで … いっそのこと、落そうかとふと思ったりしています … あぁ、ダメだ! 今から風呂に浸かって少し寝ます。台風24号は通り過ぎて行ったようであります、関東地方はひと安心?ですね。広島は無事だろうか?

 

 

 

ではでは。

 

今日も長いこと最後までお付合いくださいまして、ありがとうございました。季節は秋まっしぐらですね、どうぞ自分の好きな秋をみつけて楽しみましょう!

そして、車の運転は安全第一でお願いします!それがし、70歳になったら免許は返上する気でいますが、返上したら運転は安全第一なんて呼びかけません。はぃ、勿論のこと、車の運転は止めましょう!これしかありませんね、だってこの歳になって、ひとを轢きたくなんてありません。

 

 

 

 

2018年10月1日 夕映えのいわし雲にはなつかしい夢の連なり … 今日から神無月です

  • 2018.10.01 Monday
  • 02:20

 

こんにちは

 

台風24号 ほんと心配です。

早く、早くオホーツクの彼方まで飛んで行け ── !!!

 

Typhoon ! 今現在、山梨県あたりか? 列島を縦断するみたいですが、こちらは、先ほどから時おり猛烈な風が吹き荒れています。ほんとに怖いくらいの風です!(余談ですが、こんなときのためにうちは普段からベランダには何ひとつ出していません!(真下は歩道なので)… お陰でゆっくりと休めます ➡ 物干しポールが一本ありました!でも両端を結束バンド二本をクロスさせて固縛しているので安心です)雨はさほど強くありません。風神雷神さま … これから関東、東北、さらには北海道! に洪水とかの被害が出ませんように !!!

 

いわし雲や〜ぃ!

出番ですよ ──

 

 

 

 

 

( 2018年9月23日(日) 17時35分 )  

 

 

いきなりですが、このタイトルにピンと来たかたはかなりの 〇 オタクですね!(笑)秋となると、一番にこのいわし雲を思い出します(いわしの握りもいいね!)。

 

 

 

      ほほえみの扉

 

いつまでも 世間知らずで

愛さえも 甘えのなかで

ぬくぬくと 語る奴が許せない

 

てのひらの 冷たい汗を

握りしめ 押し殺す日の 見上げる空の高さ

 

もし 傷つけ合うなら 惜しまずさらけ出して

いたわり合うならそっときびしく

いつか季節が ふるい落とす

 

 

夕映えの いわし雲には

なつかしい 夢の連なり 見上げる空の高さ

 

今 傷つけ合うなら 惜しまずさらけ出して

いたわり合うなら そっときびしく

 

今 傷つけ合うなら 惜しまずさらけ出して

ほほえみの扉が 見えて来たら

いつか季節が ふるい落とす

 

あなたには わかってほしい

過去の日も 愛の連なり

ほほえみで 語る人の気高さを

 

      歌   :来生たかお 

      作詞 :来生えつこ 

      作曲 :来生たかお

 

ほほえみの扉 YouTube はこちらです! きれいな夕景、いわし雲がてんこ盛りですよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

壁のカレンダーには、体育の日 土用 村上RADIO TOKFM 霜降 カエデ紅葉(函館) などの文字が記されています。

 

 

 

 

 

 

 

                                           【今月の有元利夫です】

 

 

 

    

 

  

 

                                         雲の手品 65.2 ×  53.0cm   1979年

 

 

 

 

 

 

 

                             秋の日や畳干したる町のうら

 

                          1926年9月2日付け室生犀星宛

                                        芥川竜之介

   

                      (芥川竜之介俳句集・加藤郁乎編・岩波文庫より)

 

 

 

 

p.s.,

来生たかお … このゆったり感と伸び伸びとしたところが、お気に入りです … 詩もいいですね、始まりの三行が正直でいいね! そしてお終いの結びかたはほんと見事と感じます !!!

 

 

 

 

ではでは。

 

富士山の初冠雪が例年より27日も早かったとか … この冬は厳しくなりそうですね。

車は安全運転でお願いします。

 

今日も最後までお付合いくださいまして、ありがとうございました。

 

 

 

(2018Sep21)はやぶさ2 リュウグウまで55メートルの最接近!

  • 2018.09.22 Saturday
  • 10:08

 

こんにちは

 

がんばれ! はやぶさ2!

 

リュウグウまでなんと55メートルという  最接近(デジタル毎日新聞) です!

このクッキリと映ってる影に感動しています。

 

 

 

  

 

 

高度約80メートル  デジタル毎日新聞

 

 

 がんばれ! はやぶさ2!

 

 

 

 

 

 

 

2018Sep21【 今日の一冊 】向田邦子との二十年 久世光彦(著)

  • 2018.09.21 Friday
  • 14:12

 

こんにちは

 

 さっそくですが、先日、amz. より購入した本書にすっかり取りつかれてしまって、身動きができないでいます。実はこちら、その昔、広島を離れるときに処分してしまった一冊でした … 当時、著者である久世光彦にはそれがし陰ながらヤキモチを焼いていたふしがありまして? それから早や8年後のある日に amz. から届いた誘惑(勧誘?)メールに屈してしまい(笑)!  今、こうして再会しましたが … その結果、やっぱり、やっぱりいいなぁ!とその感慨に耽っているところですが、ふとここに紹介したくなりました。ちょっとお付き合いください … とその前にこちらの一句を! 

 

 本書の 319 p. にありましたが、いいねぇ〜 万太郎! … それがし、幾度か身に覚えがありまする!… こうして秋は小さな足音をたてながら深まっていきます でもちょっとイチャモンを、わすれてならぬとくると仇討ちとかみたいで?なにやら不穏当な雰囲気を感じて、それがしみたいな小心者は反射的にどこか身構えてしまいます。そこで、それがしだったら、優しくこういきたいですね、『 秋風やわすれてはいけない名を忘れ 』いかがでありましょうか? はぃ、万太郎さま! 失礼しました!… おあとがよろしいようで。  

 

 

 

  秋風やわすれてならぬ名を忘れ    久保田万太郎

 

 

 

 

 

 

【 今日の一冊 】

 

  向田邦子との二十年

   久世光彦

 

 

 

 

 

 

 2009年四月    十   日 第一刷発行

 2017年五月二十五日 第七刷発行

 著    者 久世光彦(くぜ・てるひこ)

 発行所 株式会社筑摩書房

 

 

 

 

 

 こちらが興味津々の目次です、

 

 触れもせで

 遅刻 

 財布の紐

 漱石 

 名前の匂い 

 爪  

 昔の大将 

 春が来た

 私立向田図書館

 ゆうべの残り

 おしゃれ泥棒

 三蹟

 触れもせで

 青空、ひとりきり

 弟子

 雁の別れ

 アンチョコ

 ミス・メモリー
 小説が怖い
 上手い
 恭々(うやうや)し
き娼婦  
   ラストシーン
 お母さんの八艘飛び
 三変わり観音
 死後の恋

 向田邦子熱 ─── あとがきに代えて

 夢あたたかき
 待ち合わせ
 縞馬の話

 ひろめ屋お邦

 昨日のつづき

 転校生

 姉らしき色(1)

 姉らしき色(2)

 イエとウチ

 間取り

 夢あたたかき

 帽子

 友あり

 叱られて

 向田邦子ファン

 祭りのあとの

 女正月

 いつか見た青い空

 さらば向田邦子

 

 座談会 忘れえぬ人

     加藤治子・小林亜星・久世光彦

 

 あとがき 

 

   *

 

 向田邦子年譜

 

 解説 いくつもの顔を持つ人 荒井 信

 

 

 

久世光彦(くぜてるひこ)

(1935 - 2006)東京生まれ。東京大学文学部美学科卒業。演出家、プロデューサーとして「寺内貫太郎一家」、「時間ですよ」などテレビ史に残る数多くのドラマを制作した。92年「女正月」他の演出により芸術選奨文部大臣賞を受賞。作家活動としては94年「一九三四年冬─乱歩」で山本周五郎賞、97年「聖なる春」で芸術選奨文学部門文部大臣賞、98年紫綬褒章など数々の賞を受賞。他に「美の死」「むかし卓袱台があったころ」「へのへの夢二」「百寮萓厳遒鯑Г燹廚覆病真堯碧椽颯バー書きより)。

 

 

 

 

p.s.,

しかし、安倍くん、性格悪いねぇ〜!

そこまでヤルかね ??!!

でぇ─、嫌れぇだぁ〜 !!!

 

お〜ぃ、エンリケ航海王子 !!!

 

 

・・・失礼しました!

 

以上です。

 

 

 

ではでは。

 

今日も最後までお付合いくださいまして、ありがとうございました。

冬将軍よ、この夏は尋常でなかったのでどうぞお手柔らかにお願いします!

車の運転は安全第一でお願いします。

 

 

 

速 報! 村上RADIO 第2回放送決定 !!! 〜 秋の夜長は村上RADIOで!

  • 2018.09.03 Monday
  • 14:57

 

こんにちは

 

先ほど、新潮社より以下のメールが届きました。

なんでも、村上春樹が 「 村上R a d i o 」 再登場! とか。

 

10月21日 (日) 19:00 〜 19:55

TOKYO FM / JFN38局ネット

 

 

 

以下、当該メールを貼りましたので・・・

 

 

 



 

今年の夏、村上さんの初DJ番組は、選曲もトークも大きな話題になりました。
「また聴きたい」というリスナーの熱い声を受けて、秋の夜に村上RADIO第2弾の放送が発表されました。
もちろん選曲は村上さん。さらに、今回もみなさんの新たな質問に答えます。
前回、ドナルド・フェイゲン「MADISON TIME」の前テーマに続き、
ブライアン・ウィルソンのディズニー・ソングで始まった村上DJでしたが、果たして今回はどんな曲から始まるのか……!
 

村上さんからの夏の贈り物、8月5日の「村上RADIOレディオ」(TOKYO FMはじめJFN38局ネット)はお聴きになりましたか? 紹介された曲もユーモアあふれるトークも、最高に楽しい音楽ワンダーランドでした。聴き逃してもインターネット・ラジオのタイムフリーを利用したり、かかった曲を聴き直したり、村上さんの音楽本を買ってくださったり、村上さんの小説と音楽に注目してくださったみなさん、ありがとうございました。リスナーからは、SNSやサイトを通じてたくさんの感想が寄せられました。

7月29日放送のプレ特番では、坂本美雨さんと山本周五郎賞作家の小川哲さん(二人は村上作品の大ファンです)が司会を務め、SEKAI NO OWARIのSaori(藤崎沙織さん)、スガシカオさん、小澤征悦さんがコメントを寄せてくださり、愛読する小説や村上DJが選びそうな曲を語りました。

そして当日。
ラジオを囲んで車座になってみんなで聴いたというリスナーもいたそうですが、村上さんの選んだ9曲(ビーチ・ボーイズやアレサ・フランクリンなどの短い挿入曲もありましたね)はどれも楽しく、あっと言う間の55分間でした。
また「聴きたい!」という声も多いなか、10月21日午後7時から、「村上RADIO」の2回目の放送が決まりました! そして、さらに3回目もあるそう。
秋の夜長に、オリジナルな選曲とそれぞれの音楽をめぐる物語が、村上さん自身の声で語られます。

この日も、リスナー&読者からの新しい質問に答えていきます。
TOKYO FMの番組HPで、9月9日(日)23時59分まで、「質問」を募集しています。
内容は、「村上さん、素朴な質問なんですが……」という前置きで始まる愉快な質問をぜひ!
スタジオで村上さんがどんな回答をするか、今から楽しみですね。


 

秋といえば、長編小説『騎士団長殺し』で、小説の中で最初に流れるのは、プジョー295 205のカーオーディオから流れるシェリル・クロウの曲、そしてメンデルスゾーンの八重奏曲でした。季節は移り、ある秋の夜に主人公はシューベルトの弦楽四重奏曲のレコードを聴きます。そして……。
村上さんの小説では、言葉と音楽が分かちがたく結びつき、深く響き合い、主人公を導き、見守り、温かく包み込みます。

さてさて、今回の「村上RADIO」のプレイリストはどうなるか、みなさんと待ちたいと思います。(『村上さんのところ』チーム縁の下)

 







 
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二度あることは三度ある ??!!

… あとニ三年は続けてもらって質問と一緒にリクエストを受けてくださーぃ !!! 

 

 

ではでは。

 

 

 

 

 

 

 

2018年9月1日(土)9月には帰らない 〜 今日から長月です

  • 2018.09.01 Saturday
  • 00:00

 

こんにちは

 

9月には帰らない … こちら「紅雀」六年ぶり、二度目の登場です。

やっぱりこの時期、秋がやって来ると、このアルバムを思い出します … 元気でいるだろうか?

 

 

   9月には帰らない

 

  9月には 帰らない

  ただひとり 残っても

  明日あたり 燈台へ

  波しぶき見に行こう 

 

   未来が霧に閉ざされていた頃は

   この潮騒が重すぎて 泣いた

 

  今はもう負けないわ

  9月には帰らない

 

   無口な人は夏の日のはかなさを

   うまく言えずにバスの窓おろす

 

  今はもう負けないわ

  9月には帰らない

  9月には帰らない

 

 

 

          

 

          

 

 

 

 

 

 

 いつまでも暑い日が続いていますが、お元気ですか?

しかし、今年は台風がたくさん来ますね!どこへ上陸しようがどうか直撃だけは勘弁して欲しいと念じていますが、今回の21号は如何に!

くわばらくわばら!(古いねぇ〜、いまや完全に死語?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

壁のカレンダーには、二百十日 白露 敬老の日 動物愛護週間9/20〜26 彼岸 

秋分の日 などの文字が記されています。

 

 

 

 

 

 

 

 

                                           【今月の有元利夫です】

 

 

 

 

 

 

     

 

 

                    

 

                                       野の花 53.0 ×  40.9cm   1982年

 

 

 

 

 

 

 

                           秋風や人なき道の草の丈

 

                             芥川竜之介

   

                      (芥川竜之介俳句集・加藤郁乎編・岩波文庫より)

 

 

 

 

ではでは。

 

ここ、しばらくは熱中症に気をつけてください!

そして車は安全運転でお願いします。

 

 

 

 

p.s.,

i 最近ですが、毎日、エアロバイクで8キロほど(20分間)走っています。スゴイでしょ ??!! (オィ、大丈夫か?)おかげさまで、その後、脚はつることもなくいたって元気であります。

 

ii   前回お知らせした、望月衣塑子氏  講演会ですが未だに脱稿できずにカキコ中です。それがし、もう疲れてきました?正直、ギブアップ寸前であります … 言い訳ですが、もうこの方の早口についていけません!三割引き(落し)のスロー再生にも関わらず、講話の10分間をカキコするのに二時間近く掛かってしまうありさまです。この行きつ戻りつの繰り返しにほとほと・・・息も絶え絶え? そこで今回は「上巻」と称してアップします(早い話しが半分ちゃぶ台返し?)。誠に中途半端でお恥ずかしい次第でありますが、望月氏の熱意と会場の雰囲気くらいは感じてもらえる!と勝手に判断しました。お時間のある方は、ちょっと寄り道してください! はぃ?「下巻」はいつ頃だ?・・・ がんばります! 追って、追ってこの場に … 。

 

 

今日も最後までお付合いくださいまして、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

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(2018July21 上巻)急 告! わらび市にて望月衣塑子氏の講演会がありました

  • 2018.09.01 Saturday
  • 00:00

 

こんにちは

 

 先日、猛暑のなか命からがらに?わらび市まで出掛けました … わらび市を訪ねたのは今回が初めてです。そしてこの日は 望月衣塑子氏 の講演会がありました。あの菅の天敵と呼ばれている望月氏を応援したくなり、出掛けた次第です。 今ごろにすみませんね、今回はちょっと長い話しになりましたが興味のある方はお付き合いください。

 

 

         

    

 

         望月衣塑子さん プロフィール

       新聞記者。東京地検特捜部などで事件中心に取材。

       社会部で武器輸出、軍学共同など、取材。

       著作・・「世界」6月号「国策化する武器輸出」、

        「武器輸出と日本企業」(角川新書)、

        「武器輸出大国ニッポンでいいのか」(あけび書房)

 

     主催)報道の現場から〜講演会実行委員会・わらび9条の会

     後援・ 蕨 市  蕨市教育委員会


 

 望月氏は日ごろから 「 政治や権力に一石を投じたい 」 と熱く語っています。戦後70年を遥かに過ぎたこんにち、いつも偉そうに古式豊かな(閉鎖的)菅の記者会見はハッキリ言って身勝手で醜い!とそれがしには映ります。そして余りにも静かでモノを言わぬ日本の新聞記者たち!反論とかないの?あとひと言がなぜ言えない!なんで黙ってるんだ!それでもジャーナリストかってそれがし中学生のころからいつも思い感じていました(ほんとです)。それらをふくめてもっと現実的で前向きな会見にして欲しいと … あのような会見をいつまでも繰り返して、早晩、世界の笑い者にならないようにと願っていますが、… もう手遅れかも知れんね! そんな思いで日々カリカリしながら、ちょっと悶々としているときに現れたのが、この方、 望月衣塑子氏でありました。

 

 結論を先に・・・ この望月氏、すごい方でありました!この日、講演が始まって直ぐに、それまでの望月氏のイメージが(決してたくさんもっていたとは言えないまでも)、そのすべてが吹き飛んでしまいました!この日、行動を共にしていたコオロギさんと一緒に驚きと共に呆気にとられてしまった。もの凄い早口で話しながら身振り手振りをまじえて全身で語りかけるというよりも、訴えかける!ぶつけてくる! … 望月氏は講演が終わるまで約3時間ず〜っと立ちっぱなしでした。用意されていた椅子は隅っこに片されたままでした。もうその躰からあふれ出るバイタリティーでいっぱいでした … ちょっと的外れかも知れないけれど?それはまるで(それがしにとっては)往年の大スター!京唄子のようでありました(早口だけど話が的確でおもしろい!とにかく聞いていて楽しい)繰り返しますが早口で機関銃のように撃ちまくる!いや、話しまくる!その度に会場から大爆笑が起こる!・・ まぁ、イメージというか雰囲気優先で言わせていただくと、あの 女流講談師の神田陽子 の世界を彷彿とさせるひとときでありました。ほんと凄い迫力だった。望月氏はきっとのこと、浪曲、講談とか狂言、これらをこよなく愛されているのでは? こんど訊いてみようと思いましたが、それにしても望月氏の話は久しぶりにこころを揺さぶられた、いい話しでありました。特におでん屋での父のひと言 『… や っ ぱ り 読 売 新 聞 だ け は 止 め て 欲 し い !』… でひとしきり大笑いしたあと、次の瞬間、それがしはフリーズに陥りました!しかしながら話しの内容は至ってシリアスでリアリティに溢れたしっかりとしたものでした。

 

 講演の冒頭から、話しはいきなりのクライマックス?でありました。夜の11時過ぎにある特捜部の幹部から携帯にピロピロ、ピロ〜ンと … 「 お 〜 ぃ 、モ チ ヅ キ(メチャ、大きなしゃがれ声というかダミ声が場内に響き渡ります … それは決してオーバーでもお世辞でもなく、少々鬼気迫る感じで嫌味のない芝居っ気たっぷり感で)、い ま ど こ で な に し て る ん か ぁ? い ま 銀 座 で み ん な で 飲 ん ど る か ら 、出 て く る か ぁ 〜・・・ 」と呼び出しが掛かる! ここで望月氏、この日、唯一、こ の と き だ け は ゆ っ く り で し た !  いち語、いち語、しっかりとアクセントをつけてこう続けました!「 は い ! い ま 直 ぐ ! い ま 直 ぐ 行 か せ て い た だ き ま す !」と、その声色はまさに迫真の演技!でありました … それはまるで「このあたりのものでござる」と、いつもこの台詞で始まる「狂言」(野村万作とかの)のようでありました … 会場はやんややんやの拍手と一緒に爆笑の渦でありました … とても講演会とは思えないほどの賑わい方?でした。隣のコオロギさんは「笑点みたいだ!」とつぶやいていましたが。

 

 

 

みなさんにお願いがあります!

 

 望月衣塑子さんに対しては、いろいろとご意見はありましょう!

そこでありのままの望月衣塑子さんを知ってほしく、この日の講演(正味2時間40分)を限りなく誤解のないように、そして正確に一言一句、すべてそのままでお伝えしようと決心しました。とは言ってもせめて望月氏、ご本人に対して事前にひと言だけでも「 お断りの挨拶を 」しておきたかったのですが、連絡の手だてがみつかりませんでした … この場をお借りして誠に勝手ながら見切り発車しますこと、ご容赦のほど! よろしくお願いします。… いま、ここにカキコ終了しました。もう執念のカキコと言ったらオーバーですかね?とにかくこの幾日か、一応、がんばって書き込みましたので、興味のある方はお付き合いください!……… また、この日の講演は冒頭の案内チラシにある通り、主催が「 報道の現場から〜講演実行委員会・わらび9条の会 」となっていました。そして、後援が 「 蕨市 蕨市教育委員会 」でありました。… ここで念のためにお断りしておきますが、それがしは、そしてコオロギさんも、ここにある、わらび9条の会、そして蕨市教育委員会とはなんらの関係もありません!ので、どうか誤解されませんようにお願いします。

 

 この日、定刻を5分ほど過ぎてから講演はスタートしました。最初に地元のわらび9条の会、会長の〇〇さんからの挨拶で始まりましたが … 直ぐにご本人の口から長い挨拶はいけませんね、と自重されて挨拶は2分ほどで終了しました!… やれやれ  ⇨ こちらも前置きは止めて早速いきましょう! 

 

 

 

ここで望月衣塑子氏の登場であります ・・・  望月氏のハキハキとしたよく通る声が場内に響き渡ります。

 

註: 本文中に xxx xxx とあるのはそれがしが手荷物をゴソゴソと動かしたときの雑音のため、ハッキリと聞きとれない! という意味であります … 注意はしていたのですがつい話に夢中になってしまって … ご容赦のほど。

 

 初めまして東京新聞の望月と申します。ありがとうございます。国会ではカジノ法案が強行採決されました。まぁ、多くの歯止めになるような項目がつけられないまま331の項目は法案成立後に議論すると、海外で適用されているような15,000平方メートルという面積の上限もいまのところ取り外されています。なによりも心配されるのは、カジノに行って掛け金を掛けた際、お金がなくなったらその施設内で特定融資ができ、かつその貸し付けた債権をその業者はほかの業者に債権を譲渡できるという、もう又貸しの又貸しみたいないわゆる貸金業を施設内でOKという状況をあっさり認めていくという、まぁ多くの国民がですね … 朝日新聞の世論調査で76%が現時点ではカジノは必要がないという、カジノ作るならエアコンつけてという … こういう国民の声を聞かずほとんどアメリカのカジノ業者が、一部のIR利権に群がる業者たちへの利益配分というようなカズ(数)による強引な政治が今まかり通っていると思います。

 

 これまでそんなにですね、実は社会部と言う立場で政治にもともと関心は無かったんですが、私が去年の六月からなぜいち社会部という立場で、本来、政治部がやっているあの内閣記者会場の官邸会見の場に乗り込もうというふうに思ったことになったのか?ふくめまして、いち現場の記者から見て感じる今の政治の問題、状況について語らせていただきたいと思います。よろしくお願いします。望月衣塑子と申します。まぁ、これ「ソ(塑)」がよく読めないとまぁいろんな人から言われます(会場から笑い声が起きる)。去年、四月に急逝してしまった私の母がですね、詩人の萩原朔太郎が大好きでその朔をとって、初めは男の子が生まれますよ、お母さん!というふうに言われていたので、望月はじめくん(朔くん)と名付けてもらったんですが、なんとお腹から出てきたら、あら?この子おチンチンがないわよ!と・・・(会場から笑い声が…)でも、どうしてもこの朔をつかいたいと言って、まぁ、衣塑子とつけて女の子らしくしたと言っていました。モノをつくるひと、創造できる人間になってほしいという思いを込めたと言っていました。

 

 新聞記者というのはだいたい地方の支局を二か所三カ所、多い人で四カ所くらい廻りまして、東京新聞ですと、東京本社、親会社の中日新聞ですと、名古屋本社の勤務になるんですが私は千葉と横浜に三年、支局を勤務しまして、四年目から東京本社の勤務になりました。で千葉と神奈川の支局時代に、所謂、地方の県議や市議とか市の職員や県の職員の方々が関わって起きた、所謂、贈収賄事件、汚職事件!このシナリオにもの凄くハマりまして、所謂、業者とか市の職員とかがお金を受け取ってしまうという、その関係に至るまでつまりどういうことが、それぞれあったのか、といういろんな関係者から取材をすると、これで最後にはこのふたりはこういう状況に行きついたんだな〜という、ことがよく見えてきてですね、まぁ、東京に行ったらさらに大型の政治家の絡む疑獄事件をやりたいと思って、かつて田中角栄のもと秘書をロッキード事件で逮捕した東京地検特捜部を廻りたいという希望を出しました。

 

 2004年から特捜部の担当になります。当時、東京地検特捜部が一応内偵で捜査をしていたのが全国にある歯医者さんの資金団体である日本歯科医師連盟、政治資金団体ですね。役所で日歯連というところの自民党の中堅から大物議員に対する裏献金疑惑というのを内定捜査しておりました。当時、いろんな関係者、日歯連の関係者を取材していくなかでたまたまなんですが、自民党の議員に対する裏献金の一覧表リストというのを関係者から入手したんですね。これだいたいスタートが一千万から始まるんですが、一千万、二千万、三千万とズラズラ―っと上って一番多いところで、橋本派への裏献金語義、一億円というのがございました。これまあリストがあったので当時私はね、誰々議員に一千万、裏献金かぁ〜っとガンガン書いてました。でもこれ特捜部もねおそらく同じようなモノを入手していました。現場はなるべく多くの国会議員を召し捕りたいというふうに希望をもっていたんですが、だいたい国内最強の捜査機関とこれまでは言われてきましたが担当する特捜部の検事が36人くらい、支える事務官が90人ちょっとトータル百数十人くらいの、そのくらいの所帯なんですね特捜部。なのでこの百数十人で20人全員は、トータル20人くらいの名前があったんですが20人全員はできない!ということで当時現場に上から指示が出ていたのが、五千万以下は足切りでだめだと。五千万以上を視野に … (会場からは笑い声が…)。

 

 この五千万というハードルをクリアーし、なお且つ当時はなるべく有名どころ、自民党の大物議員をやりたいということで、現場が上に決済を仰ぎにいったのが実はつい先日亡くなられた、自民党の大物幹事長といわれた野中広務さん(2018年1月26日 92歳没)だったんですね。五千万円の政治資金規正法違反で野中さんを立件へということで現場が上に決済を取りに行きました。するとですね、当時のナンバー2の次席検事が検察庁のトップ、検事総長に呼び出されるんですね。その場に行ったら … 「 細かいことは俺には一切聞くなよ!とにかく野中さんだけには手を入れてはならん! 」とたぶん余程悔しかったんですね、その次席検事、それまで私にネタをくれたことは一切なかったんですが、その総長から言われて一週間後、「 モ チ ヅ キ 、実 は ・・・ ・・・ 」こうやって私にその話を打ち明けてくれたんですね。まぁ、余程悔しかったんでしょう! なぜ野中さんを見送れと立件見送りを、まぁ、総長が指示したのか?いろいろとそのあと取材をしました。するとですね、そのちょっと前に最高検の公安に三井環さんという公安の検事さんがいらした。で彼がある民放のTV局で全国の警察庁で代々行われてきた、プール資金問題、裏金資金問題というものをその民放のTV局に告発に行こうと、現状の検事としてですね、そのTV局へ行くそのタクシーのなかで実は警察につかまるという、こういう事件があったんですね。

 

 この警察庁で代々続いてきた裏金資金問題というのを、国会で自民党の若手議員が今の野党のように追及チームみたいなものをつくって国会の場で厳しくこの検察庁を追及しようと構えていたんですね。そしたらですね、当時の野中さんが追及チームの若手議員をみんな呼び集めまして、「 あ んま り 検 察 庁 に 手 を 入 れ 過 ぎ る と 、絶 対 に 後 々 大 き な し っ ぺ 返 し が 起 き る 。手 を 入 れ 過 ぎ て は い け な い! 」と言って、なんとその剣(件)を収めさせたんですね。こういうことがあったらしいんですね、このとき以来検察庁としては野中さんにはもう足を向けて寝られないということは代々トップで語り継がれていた。なのでこのときのことが大きなきっかけとなって立件見送りの指示が出たのではないかということでした。まぁ、当時はですね、今以上にもうもっと血気盛んだったので現場の特捜部の幹部には、私、だいぶ噛みついてきました。まぁね、一千万、二千万、三千万、五千万以下はやめろだのね、これをクリアーしてる野中さんをね、かつての恩義があって見送るだのね、特捜部というのは時の権力者、政権与党にね、権力の監視機関として捜査のメスを入れ、そして監視、チェックしていく、そういうことが貴方たちの仕事じゃ無いんですか!なにをやってるんですか!と大分ね、噛みついていたのを憶えています。

 

 当時の検事たちが私に言っていた言葉が、「 モ チ ヅ キ 、お 前 の 悔 し い 気 持 ち は ス ゴ イ よ く 分 か る ! 」と、「 お 前 は お そ ら く 我 々 が 持 っ て い る だ ろ う 資 料 の い く つ か を ど こ か か ら 入 手 し 、そ れ を 基 に お そ ら く 記 事 を 書 い て い る ん だ ろ う 」と、あのいくつかの記事を。「 し か し な が ら 我 々 は 、 お 前 が 持 っ て い る そ の 資 料 の お そ ら く 十 倍 、 百 倍 の も の を 持 っ て い る ! さ ま ざ ま な  xxx xxx  を 強 制 捜 査 や  xxx xxx  で 押 収 し て  xxx xxx  決 済 を 仰 ぎ 、 そ し て  xxx xxx  そ れ で も 潰 さ れ て い る 、お 前 が 悔 し い と 思 う 気 持 ち の 十 倍 、百 倍 の 気 持 ち を 私 た ち は 持 っ て い る !」「 し か し なが ら 見 て い て く れ  」と、「 や は り 時 の 権 力 、 政 権 与 党 に 斬 り 込 み 、権 力 の 監 視 機 関 と し て 捜査 の メ ス を 入 れ る こ と が で き る の は 、 わ れ わ れ 特 捜 部 し か な い と 思 っ て い る 、上 か ら は い つ も 五 箇 条 の ハ ー ド ル を 課 さ れ て い る 。し か し な が ら 我 々 は や る べ き こ と を し っ か り や る  」と、そういう話しをしてくれました。でそのあともですね、やはり最高検や法務省サイドから例えば青木幹雄は二億円とかね、いくつかのほかの忖度主義が出ておりました。

 

 しかしながら一応当時、橋本派への裏献金小切手一億円事件というのには着手いたしまして、派閥の解消だとか橋本元首相はこれによって辞任に追い込まれていきます。それから自民党のお財布といわれている国民政治協会、ここの大物の事務局長を聴取するなど、それなりに自民党に斬り込むいくつかのルートをやっておりました。でこの当時の状況と今の状況、みなさんがご存じの通り森友学園の国有地売却をめぐっては8億円超もの大幅値引きが根拠なく行われた可能性が、非常に強いということが去年の年末に国の会計検査院が指摘をしたと、言う状況があったにもかかわらず、まぁ、つい最近ではあの籠池ご夫妻を詐欺罪で逮捕、起訴というのを昨年の夏、早々とやっておりましたが、その先ですね、なぜ8億円もの値引きを本省の理財局は承認し、大阪航空局、近畿財務局は認めたのか?この根幹に迫るような二の矢、三の矢をまったくやることないまま、つい最近38人で全員の職員不起訴を決めました。この今の状況と当時の状況を比較すればまだ当時の状況のほうが、いろいろとああだこうだといわれながらもときの権力、政治のもとへ斬り込もうという気構えを私に語ってくれた、こころある幹部がたくさん居たなというふうに思っております。

 

 当時は ??? ??? というスタイルで(ひとつの慣用句?みたいな響きでしたがハッキリと聞き取れず意味不明なり)取材をしておりました。これはつい最近、福田前セクハラ事務次官、彼の話がバァ―っと出たときにあるTVのコメンテイターの方が、へぇ〜なんか女性記者って携帯ピロピロピロ〜なんて鳴ると、はい、行きます〜とか言ってね、夜のそんな場所にいくんですか?とそれもおかしくないですかぁ〜っていう議論していたと聞きましたが、まぁ、私はまさにテレ朝を告発した女性記者と同じようなスタイルで取材をしておりました。

 

 これは例えば夜の11時過ぎくらいにある特捜部の幹部が決まったハイヤーのナンバーに乗ってそのハイヤー乗って帰ってくると決まっています。だいたい11時くらいにその幹部の自宅近くの公園とか物陰に隠れてひっそりして、みんなこういうふうに(電柱の影に身を隠すような仕草を … 熱演でした)バラバラになって待ってるわけなんですが、社会部の場合はご近所に迷惑になるからお前たち見つからないように待ってろ!って言われてるんで、みんなそれぞれに静か〜に待ってるんです。これが政治部だとぜんぜん違ってビックリしちゃうんですが、だいたいみんな国会議員の赤坂の議員宿舎とかの横にね、ハイヤーを高級な黒塗りのハイヤーをバンバンバンって横付けして車の中でこういう風に待ってるわけです。これ見つからないように待ってろと言われているんで、みんなこういうふうに待ってるんですね、夜の11時過ぎくらいに幹部の乗ったハイヤーがライトを点けてこっちへ来る、あぁーあのナンバーはあの幹部だな、帰って来たーとみんな暗闇にいたのがモゾモゾモゾと ??? ??? その幹部が車から降り立つと、あっ、どうもきょうはお疲れさまでしたーと言って、みんな15〜16人の番記者でバァ―と囲みます。事件の流れについて、まぁダイレクトになかなか生々しい話しはふれないんですがああでもないこうでもないと、いろいろ事件の感触を決めます、30分くらいで終った後は個別のスクープネタを持っている社がそれぞれ1分か2分、個別の質問をぶつけていきます。だいたい40分くらいで12時40分くらいで終ります。どうも今日はお疲れさまでした〜、また、明日頑張りましょうと幹部を見送る、そうすると遠くで待ってもらっていた自分たちのハイヤーに来てもらってハイヤーに乗って自宅に帰る。駈込むようにご飯を食べて、シャワーを浴びてお風呂に入ってパジャマに着替えて寝てると、そうですね夜中の12時半くらいにピロピロピロ〜っと、携帯が鳴るわけなんですね(会場からは笑い声が)。

 

 ハッと出ると特捜部の飲んでる幹部からです、「お 〜 ぃ 、モ チ ヅ キ! オ マ エ 、今 、ど こ で な に し て る ん や ぁ、わ れ わ れ 皆 で 銀 座 で 飲 ん ど る か ら 、来 れ る か ぁ 〜 」(このときのダミ声は最高でした!)とこのときはとにかく特捜部の検事でも事務官でもいいから、とにかく内部の誰々に食い込んでちょっとでも事件の流れを追っていきたいと思っていますから、「あ っ 、も う 今 す ぐ 、今 す ぐ 行 か せ て い た だ き ま す !」(会場からは大きな笑い声が)さっき帰ってもらったハイヤーにもう一回来てくださーぃって来てもらって、午前1時過ぎに銀座へ繰り出したお店の中に入ると幹部たちがウワーと飲んで、ウワーっとやってるわけですね。そこへビール ??? ??? (会場からは大きな笑い声が)これがね、飲んべぇーはいつまでも飲んで、3時、4時くらいまで続くんで、そして4時くらいに幹部が、「 あ ぁ 〜 今 日 も た く さ ん 飲 ん だ な ぁ 、そ ろ そ ろ 帰 る っ ぺ ぇ ー 。」 みんなで 、じゃ、帰りましょう帰りましょうって、また、きょうもがんばりましょう!----- -----(このとき、コオロギさんと笑い転げていたので収録はノイズだらけでNGそうするとですね、遠くで寝て待ってもらっていた私のハイヤーさんにまた来てもらって、こんどは飲んべぇーではなく、お酒なんか飲まないで規則正しい生活をしている幹部もいっぱいいる訳ですね(会場から笑い声が)。その幹部は、朝、だいたい5時30分に起きて6時前にこの公園の前を通りますというお散歩コースが決まってるわけですね。幹部が散歩してくるのを待ってるんです。こうして24時間フル稼働でやってたわけです。まぁ、昼間はけっこう寝てたんですが(会場からは大爆笑が)、やってました。一年くらい勤務やっていたんですが、会社の自動車部(?)に呼び出されました。「な ん だ オ マ エ 、モ チ ヅ キ 、オ マ エ の 配 車 記 録 見 た ら ほ と ん ど 家 に 帰 っ て な い じ ゃ な い か !(会場からは度々大きな笑い声が)オ マ エ 、車 の  中 で 生 活 し て る の か ?  バ ブ ル 期 で も な い の に さ す が に ハ イ ヤ ー 代 を 使 い 過 ぎ だ ぁ 〜 」と、大目玉を食らいまして、そこからなんと整理部というね現場記者から内勤の仕事にいくことになってしまったんですね。

 

 この整理部というのは現場が書いてくる記者さんの記事をみて、あぁ、これ一番め、二番め、次これ三番手!これでいきましょう!とニュース価値を判断し、見出しをつけ全体のレイアウトを作っていくというこういうセクションですね。初めはもうコンピュータの前でひたすら作業なんですね、なのであぁ〜現場で取材したいなぁ〜と初めはなかなかもう慣れるまで大変でした。まぁ、しかしながら毎日毎日、いろいろなニュースをこうみていると、あぁ〜そうかぁ、それまではもう事件、事故、政治家の汚職とか、そういうことしかぜんぜん関心がなかったんですが、あぁ、やっぱり新聞というのは事件、事故だけではなくて、国際部のニュースがあったり、経済のニュースがあったり、教育問題の話があったりね、ときには暖かい人の話があったりね、いろんなものが詰まって初めて一個のあったかい新聞という商品を読者の方に出すことができるんだなぁ〜、ということをすごい学んだいい時間にもなりました。しかしながらこれが一年、一年半と経ってきたときにそろそろまた現場に出て、市民の方の声を聴いて政治家を取材してみたいなぁという思いがまた強くなったんですね。で当時かつて日歯連の記事をバンバン書いていたときに、他社さんの何人か他社さんの記者さんがなんか東京新聞にすごくがんばっている女性記者がいるなぁ、とまぁ目を掛けてくれた社があったんですね。彼らがうちに来てもう一回、社会部とか政治部とかね、いろいろ思い切って取材をしてみないか?という声を掛けてくれました。そのなかでいちばん、このわたしのしつこい、まぁ、事件記者魂を買ってくれて、なおかつ先輩と馬が合ったのが実はなんと読売新聞だったんですね(会場からは大爆笑が … もちろん、それがしも笑った!)。それでいろいろと悩んだんですがやっぱり読売新聞の先輩たちが、いちばん自分のこの性格をよく知ったうえで、お前ならうち来て事件記者として名を馳せていけるぞ!と一緒にがんばろう!といってくれたと思いまして、読売新聞を受けようと思ったんですね。それで転職の面接を受けまして、一次、二次、三次とクリアーして合格通知をいただきました。

 

 その次の日、読売の人事部に正式に行くか行かないかを言い渡してくださいと言われていた、その前日、まぁ、これもまた七年前に他界してしまったんですが、当時、生きていた私の父にひと言、「読 売 に 行 く よ !」とひと言いっておこうと思ったんですね。実はこの父というのが団塊の世代で非常にみなさんのようにアグレッシブな方で全国の労働争議( と聞こえましたが、もしや父親は弁護士か? ⇨実際には『業界紙の記者をしていたマスコミ人であった』とか )とかいろんなものに飛び回っていたひとでした。父は父自身がですね、「衣 塑 子 、お 父 さ ん は ち っ ち ゃ い こ ろ か ら 親 が こ う し な さ い 、あ あ し な さ い と 言 わ れ た こ と に ま っ た く 従 わ な く 、自 分 で 自 分 の 道 を 切 り 開 い て き た (会場からは笑い声が … いまの望月氏にそっくりだといわんばかりに?)、お 前 自 身 も お 前 の や り た い こ と を  xxx xxx  誤 ら な い 限 り は お 父 さ ん に 相 談 し な く て い い 、お 父 さ ん は お 前 が 決 め た 道 は す べ て 同 意 し て る か ら 、い い か ら 好 き に や り な さ い !」と いわれた 。進学も就職もそれまでにまったく相談することもありませんでした。しかしながら東京新聞に決まったよと言った時にすごくよろこんでいた父の顔をちょっと思い出しまして、あぁ、会社変わることくらいは言っといたほうがいいかなと思って、当時、父が仕事をしていた渋谷の近くのおでん屋さんに父を呼び出しまして、こうお酒を飲みながら、そろそろ現場に戻りたくて読売新聞に行くことに決めましたと告げたんですね。そしたら反対しないって言ってたんでね、初めは、「 あ っ 、そ う か 分 か っ た! 」と言ってたんですけど、そのあと二時間くらいでだんだんと焼酎がすすんできたらですね、いきなりボソっと、二時間後、「 う ぅ 〜  や っ ぱ り お 父 さ ん 、読 売 新 聞 だ け は 止 め て ほ し い !」(会場にはこの日一番の大爆笑が)「 あ っ 、そ う で す か? じ ゃ ち ょ っ と 止 め ま す 、お 父 さ ま!」と素直に従うような娘ではなかったんですけど、この父のそういうところが妙にこころにそのようにひっ掛かってしまいまして、結局ね、眠れない一夜を過ごして、次の日、読売の人事部にやっぱりもうちょっと東京新聞整理部でがんばってみようと思いましてと言って、まぁ、お断りをしたと、こういうことがあったんですね。

 

 おそらくいま振り返ってもあの父のひと言がなければ、私は確実に読売にもう行っていたと … そうするとですね、その後に巡り合った第二次安倍政権が解禁をした武器輸出解禁という、この動きに関しましても、わが東京中日新聞は戦後、憲法九条を柱に平和国家をつくるという、この流れと大きく逸脱する動きではないかということでたくさん批判的な記事を書かせてもらいました。まぁ、これは取りも直さず第二次大戦のときに多くの新聞社、わが東京中日新聞の新聞記者たちが非常に大本営の発布に則った報道をひたすら繰り返し、体制を xxx xxx みんなに多くの罪なき市民の方々を戦争の惨禍に扇動していったという、こういう負の歴史を抱えてるんですね。同じように二度と戦争に手を貸すメディアであってはならない!と、そういうことを会社の根幹にも掲げていますので、この武器輸出解禁の動きを非常に重たいというふうにたくさん重ねてもらいました。

 

 しかしながら、もしこれ読売新聞に行ってた場合は正にいまの安倍政権とまったく同じで日本の国防技術、軍事技術を高めるためには武器輸出を解禁し、海外にどんどん出すより海外と共同開発をやっていくべきだと、こういう論調ですので同じように防衛企業や防衛費を減らしても、私が書きたいようなタッチではおそらく一本の記事を書くことはできなかったと思います。読売新聞の場合は私のような現場のぺーぺーのいち記者が、多くのきょうのように市民のみなさんを前にして、いち取材の現場の記者として見ていてこう感じる!今の政治ここがオカシイなんてことを声を大にして発信させてもらう、これまず認めてもらってないと思います。それからねSNS、FACEBOOKやTWITTERですね、あぁ言うものを使って読売新聞社という肩書をもちながら取材の現場から、このニュースはこうみえる、こうじゃないか?みたいな、いま私がやっているような発信 xxx xxx も認めてもらえないです。きょう天国の父がですね、このわらびのくるるの空の上から「衣 塑 子 、 よ う や く パ パ の 気 持 ち が オ マ エ わ か っ た か ぁ 〜 !」(会場に再び大きな拍手と大爆笑が)xxx xxx (笑い転げていたので聞き取りできず!)

・・・ IC Reco. #17file より

 

この続きは「下巻」として追ってアップします!どうかご容赦のほど。

 

 

きょうも最後までお付合いくださいまして、ありがとうございました。

車は安全運転でお願いします!

 

 

 

 

 

 

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(2018July29)オウム13人死刑執行 村上春樹氏寄稿 毎日新聞

  • 2018.08.11 Saturday
  • 18:35

 

こんにちは

 

 オウム真理教の元幹部ら13人の死刑が今月執行されたのを受け、作家の村上春樹さん(69)が毎日新聞に文章を寄せた。1995年の地下鉄サリン事件に衝撃を受けた村上さんは、被害者や遺族へのインタビューを著作にまとめ、裁判の傍聴を重ねるなど、深い関心を寄せ続けてきた。「胸の中の鈍いおもり」と題する寄稿で、刑の執行への複雑な思い、裁判での印象、残された課題について素直につづっている(当該紙面より)。

 

 

 

2018年7月29日付 毎日新聞

 

 

 

胸の中の鈍いおもり 事件 終っていない 

と題して作家の村上春樹さんが毎日新聞に寄稿しました。関心のある方はちょっとお付き合いください。

紙面スクラップはコオロギさんからいただきました。いつも、ありがとうございます!

 

以下、記事全文です … … …

 

 

 

    死刑の持つ意味

 

 七月二十六日に、七月六日に続いて二度目の死刑執行が一斉におこなわれ、これで死刑判決を受けた元オウム真理教信者の十三人、すべてが処刑されたことになる。実にあっという間のできごとだった。

 

 一般的なことをいえば、僕は死刑制度そのものに反対する立場をとっている。人を殺すのは重い罪だし、当然その罪は償われなくてはならない。しかし人が人を殺すのと、体制=制度が人を殺すのとでは、その意味あいは根本的に異なってくるはずだ。そして死が究極の償いの形であるとう考え方は、世界的な視野から見て、もはやコンセンサスでなくなりつつある。また冤罪事件の数の驚くべき多さは、現今の司法システムが過ちを犯す可能性を──技術的にせよ原理的にせよ──排除しきれないことを示している。そういう意味では死刑は、文字通り致死的な危険性を含んだ制度であると言ってもいいだろう。

 

 しかしその一方で、「アンダーグラウンド」という本を書く過程で、丸一年かけて地下鉄サリン・ガスの被害者や、亡くなられた方の遺族をインタビューし、その人々の味わわれた悲しみや苦しみ、感じておられる怒りを実際に目の前にしてきた僕としては、「私は死刑制度には反対です」とは、少なくともこの件に関しては、簡単には公言できないでいる。「この犯人はとても赦すことができない。一刻も早く死刑を執行してほしい」という一部遺族の気持ちは、痛いほど伝わってくる。その事件に遭遇することによってとても多くの人々が──多少の差こそあれ──人生の進路を変えられてしまったのだ。有形無形、様々な意味合いにおいてもう元には戻れないと感じて居られる方も少なからずおられるはずだ。

 

 僕は自分の書いた本を読み直して泣いたりするようなことはまずないが、この「アンダーグラウンド」という本だけは、必要があって読み返すたびに、いくつかの箇所で思わず涙が溢れ出てきてしまう。そのインタビューをしていたときの空気が、そこにあった気配や物音や息づかいが、自分の中にありありと蘇ってきて、息が詰まってしまうのだ。たとえセンチメタルだと言われようと、ぼくは本を(小説を)書く人間として、そういう自然な気持ちを押さえ込んでしまいたくないし、できることならそれを少しでも多く読者に伝えたいと思う。また僕自身も、この一冊の本を書くことを通して、自分の中で何かが確かに変化したという感触を持っている。

 

    遺族感情 どこまで反映

 

 ただ、遺族感情というのはなかなかむずかしい問題だ。たとえば妻と子供を殺された夫が証言台に立って、「この犯人が憎くてたまらない。一度の死刑じゃ足りない。何度でも死刑にしてほしい」と涙ながらに訴えたとする。裁判員の判断はおそらく死刑判決の方向にいくらか傾くだろう。それに反して、同じ夫が「この犯人は自分の手で絞めて殺してやりたいくらい憎い。憎くてたまらない。しかし私はもうこれ以上人が死ぬのを目にしたくはない。だから死刑判決は避けてほしい」と訴えたとすれば、裁判員はおそらく死刑判決ではない方向にいくらか傾くだろう。そのように「遺族感情」で一人の人間の命が左右されるというのは、果たして公正なことだろうか?ぼくとしてはその部分がどうしても割り切れないでいる。みなさんはどのようにお考えになるだろう?

 

 

 

 

2018年7月29日付 毎日新聞

 

 

 

 

       葛藤 秘められたまま

 

 僕は「アンダーグラウンド」を出版したあと、東京地裁と東京高裁に通って地下鉄サリン・ガス事件関連の裁判を傍聴することにした。仕事の関係で旅行に出ることも多く、もちろんすべての法廷には通えなかったが、東京にいるときは時間の許す限り傍聴した。とくに林奏男(元死刑囚)の裁判には関心があったので、そちらを主にフォローした。僕が林泰男の裁判に関心を持ったのは、彼がサリン・ガスを散布した日比谷線(中目黒行き)の車両がもっとも多数の被害者を出し、そのうちの八人が命を落とされたからだ。僕がインタビューした被害者も、その車両に乗っていた人が圧倒的に多かった。彼は他の実行犯たちが、サリン・ガス溶液の入った二つのビニール袋を、尖らせた傘の先で突いたのに対し、自分から進んでビニール袋を三つに増やしてもらい、それを突いた。そのことも被害者の多さに繋がっていると言われる。その林奏男というのはいったいどういう人物なのだろう? どのようにしてそんな重大な犯罪を犯すに至ったのだろう? 僕としてはそれを自分の眼で見届けたかった。伝聞なんかではない第一次情報として知りたかった。

 

 結果として、林奏男はかなり複雑な感情を抱えた人間だという印象を僕は持った。今ここで「彼はこういう人間だ」とはっきり割り切ることは、とてもできそうにない。彼の裁判には何度も足を運んだが、被告席に座った彼が何を考え、何を感じているか、その本当の気持ちを見極めることはむずかしかった。どちらかといえば、自分にとって大事なものは殻の中に収め、人目には晒さないという態度を静に保っているように見えた。長い逃亡中に身につけたガードの強さみたいなものも、そこにはあったかもしれない。相反するいくつかの感情をうまく統合しきれないまま、捌ききれないまま自分の中に抱え込んでいるような印象も受けた。ただ自らの行為を悔み、審理の信仰に対して終始協力的であったとは聞いている。

 

 昔の友人や知人の証言を総合すると、本来は前向きで、真面目な考え方をする素直な青年であったようだ。弱い部分や、心の傷を抱えてはいたが、自らを律しようという意志もそれなりに強かった。多くの人々が彼に対して好感を抱いていたようだ。しかしそのような真摯で前向きの姿勢をうまく活用できる状況に、自分の身を置くことがむずかしかったらしい。それはこの裁判で裁かれた多くの元オウム真理教信者について、共通して言えることでもあるのだが・・・。そして修行という新しい文脈が、彼らの充たされざる思いを手際よく有効に、そして結局は極めて邪悪に、すくい上げていくことになった。

 

 林奏男の裁判に関して、僕がよく覚えているのは、法廷にいつも必ず彼のお母さんが見えていたことだ。誰かが「あれが林の母親だよ」と教えてくれた。小柄な女性で、よく僕の前の傍聴席に坐っておられた。裁判のあいだじゅう、ほとんどぴくりともせず、たぶん被告席の息子の方をじっと見ておられたのだと思う。彼女の姿が法廷に見当たらなかったのは、判決言い渡しの当日だけだった。おそらく息子に極刑の判決が下りることを覚悟し、それを実際に耳にすることに耐えられなかったのだろう。まだお元気でおられるのか、今回の死刑執行の報を耳にしてどのように感じておられるのか、それを思うと胸が痛む。

 

     木村判決 一筋の光明

 

 林奏男の裁判に関して、もうひとつ印象に深く残っているのは、担当裁判官であった木村烈氏がとても公正に、丁寧に審理を運営しておられたことだ。最初から「実行犯は死刑、運転手役は無期」というガイドラインが暗黙のうちにさだめられている状況で(林郁夫=受刑者・無期懲役確定=という例外はあったものの)、審理を進めていくのにはいろんな困難が伴ったと思うのだが、傍聴しながら「この人になら死刑判決を出されても、仕方ないとあきらめられるのでhないか」と感じてしまうことさえあった。

 

 正直に申し上げて、地裁にあっても高裁にあっても、唖然とさせられたり、鼻白んだりする光景がときとして見受けられた。弁護士にしても検事にしても裁判官にしても、「この人は世間的常識がいささか欠落しているのではないか」と驚かされるような人物を見かけることもあった。「こんな裁判にかけられて裁かれるのなら、罪なんて絶対におかせない」と妙に実感したりもした。しかし林奏男の裁判における木村裁判長の判断に関する限り、納得できない箇所はほとんど見受けられなかった。判決文も要を得て、静謐な人の情に溢れたものだった。

 

 「およそ師を誤るほど不幸なことはなく、この意味において、林被告もまた、不幸かつ不運であったと言える。(中略)林被告のために酌むべき事情を最大限に考慮しても、極刑をもって臨むほかない」

 

 気持ちがしっかりと伝わってくる優れた判決文だったと思う。それは希望の余地というものがほとんど存在しないこの長い裁判を通して、最後に辛うじて差し込んで来た微かな光明のようなものだったかもしれない。

 

     十三の死 踏まえ考える 

 

 それでも死刑判決を生れて初めて、実際に法廷で耳にして、それからの数日はうまく現実生活に戻って育成いくことができなかった。胸に何かひとつ、鈍いおもりが入っているような気がしたものだ。裁判長の口から死刑が宣告されたその瞬間から既に、死は法廷の中に姿を現していた。

 

 そして今、オウム事件関連の死刑囚、十三人全員の死刑が執行されたとの報を受けて、やはり同じように胸の中のおもりの存在を感じている。表現する言葉をうまくみつけることのできない重い沈黙が、僕の中にある。あの法廷に現れた死は、遂にその取り分をとっていったのだ。

 

 十三人の集団処刑(とあえて呼びたい)が正しい決断であったのかどうか、白か黒かをここで断ずることはできそうにない。あまりに多くの人々の顔が脳裏に浮かんでくるし、あまりに多くの人々の思いがあたりにまだ漂っている。ただひとつ今の僕に言えるのは、今回の死刑執行によって、オウム関連の事件が終結したわけではないということだ。もしそこに「これを事件の幕引きにしよう」という何かしらの意図が働いていたとしたら、あるいはこれを好機ととらえて死刑という制度をより恒常的なものにしようという思惑があったとしたら、それは間違ったことであり、そのような戦略の存在は決して許されるべきではない。

 

 オウム関連の事件に関して、我々には──そしてもちろん僕自身にも──そこから学びとらなくてはならない案件がまだたくさんあるし、十三人の死によってそのアクセスの扉が閉じられたわけではない。我々は彼らの死を踏まえ、その今は亡き生命の重みを感じながら、「不幸かつ不運」の意味をもう一度深く考えなおしてみるべきだろう。

 

以上です。

 

 

p.s.,

i 今回のテーマはあまりにも重いです。十三人の死によって・・・それがしごときにコメントなんてできません!でも、これだけ言わせてください。それがしも死刑制度は反対であります ⇨ この日本には何故に終身刑ってできないの? いろいろとお金が掛かり過ぎるから? … だから参議院なんて要らない!と個人的には声を大にして叫びたい! …… 失礼しました。

 

ii 望月衣塑子さんはカキコ中であります。

 

iii   2018Aug19 04:13 一部、誤字を訂正しました。後段にて(育成⇨いく)失礼しました。

 

 

がんばれ、村上春樹!

 

ではでは。

 

 

今日も最後までお付合いくださいましてありがとうございました。

この冬はとんでもなく寒くなりそうですが・・・ 。

どうぞ、ご自愛のほど。

 

車の運転は安全第一でおねがいします。

 

 

 

    

 

2018年8月8日 村上春樹 「DJ ハルキ語り熱く」と毎日新聞が・・・

  • 2018.08.08 Wednesday
  • 18:15

 

こんにちは

 

 先日 on-air された「村上RADIO」ですが、先月(7月)の毎日新聞(7/30付 ?)にちょこっと紹介されていました。今さらとは思いますがちょっと読んでみてください。なお、コオロギさんより紙面スクラップをいただきました … いつも、ありがとうございます。

 

さて、それがしにはずいぶんと乱暴なタイトルと感じましたが、大丈夫か?毎日新聞社!なんでも短くすればいいってもんじゃないと思うけど、ほどほどに。

それは「 DJ ハルキ語り熱く 」と題された紙面最上段に配された記事でありました。

 

 

 

        

 

      2018July30? 毎日新聞

 

 

 

 

 

こちらが記事全文です・・・

 

 

 作家の村上春樹さん(69)が、来月5日放送のラジオ番組でディスクジョッキー(DJ) を務める。村上さんがテレビやラジオに出演するのは初めて。村上さんの作品はよく音楽が登場することで知られ、番組では「自分の文章の先生は音楽」と語るという。自ら選曲し、青春時代の話や代表作「ノルウエィの森」の意外なエピソードも披露する。村上さんの肉声が電波に流れる貴重な機会となりそうだ。【井上知大】

 

 

初ラジオ 来月5日放送 「 文章の先生は音楽

 

 番組は、TOKYO FMの「村上RADIO〜RUN&SONGS」(5日午後7時〜同55分、全国38局ネット)。レコード収集家である村上さんは1年の多くを海外で過ごし、各地のレコード店を回る。フルマラソンのレースに何度も出場しているランニング好きでもあり、番組は音楽とランニングをテーマにした内容になる。

 

 メディアへの露出が極めて少ない村上さんだが、2015年には期間限定のサイト「村上さんのところ」を開設し、ファンの質問に答えるなど、近年は読者との交流の場を設けた。同局のエグゼクティブ・プランナー、延江浩さん(60)は「大好きな音楽を通したリスナーとのコミュニケーションに興味をずっと持っていたはず。小説は1人で読むもので、ラジオも基本的には1人で聴く。1対1の対話という点で親和性があるのではと考え、企画した」と明かす。

 

 延江さんは今春、出版社の担当編集者を介して、同局に村上さんを招いた。スタジオ内にあったレコードのターンテーブルと、ジャズなどのLPレコードに村上さんが興味を示した。「普段はそんなの置いていないけれど、村上さんの好みをリサーチして仕込んでおいたんだ」と延江さん。

 

「これはホレス・シルバーというミュージシャンのLPでね。高校時代にガールフレンドと購入したんだけど … 」。マイクの前に座った村上さんが、思い出話や曲のうんちくをプロ顔負けの知識で語り始め、延江さんが時々、質問をはさむ。そんな会話を録音し、後日、村上さんが一人語りしているような形に編集して音源をプレゼントした。「あれでイメージが湧いたはず」。その後、出演の話はとんとん拍子に決まった。

 

 同局によると、全国ネットのラジオ番組の多くは分業制で、DJとディレクターやアシスタントらが一緒に番組を作るが、今回は、DJの村上さんが選曲や構成も担当するワンマンDJスタイル。収録は6〜7月に行われた。延江さんは「今、日本でこのスタイルの番組をしているのは山下達郎さんくらい。村上さんの選曲は、知られざる1曲や変ったアレンジなど多岐にわたり、そこに丁寧な解説と、人柄が垣間見えるエピソードが添えられる」という。「偉大な一人の作家の声が初めて日本中に流れる機会であると同時に、質の高い音楽が紹介されるラジオの醍醐味が味わえる。平成最後の夏を彩る瞬間になるはず」と語る声は熱を帯びていた。

 

以上であります。

 

 

 

ここでひと言だけ言わせて、

 いくら文芸記事と言えどもこの記事は横暴で歯切れが悪い内容だと個人的には感じています。それはここで掲載されている写真に対してですが、よくみてください、村上君の顔がハッキリと見えません!

 

 

                  

 

 

 

いくらYSのキャップを被っていても、このひと、もしかしたら延江さんかもしれないし、単なるラジオ局の関係者のひとりか?レコーディングスタッフとかのひとりかも知れません。ハッキリしていることはどう見ても、お言葉ですが、普通こんな写真はまず没でしょ!使いませんよ!そこが横暴だと訴えたい!これがプロの記者による、ましてや全国紙の記事とはとても思えないと言ったら言い過ぎでしょうか? … また、それがしには村上春樹が「平成最後の夏を彩る瞬間になるはず」こんなにもしゃら臭くて陳腐な表現は〇んでもはかないだろうし、思い描くこともないだろう!とひと言、断っておきたいです(勝手な理屈です、あくまでも個人的なものですが) … ちまちまと喧しいことを言って失礼しました。決して関係する方々に対して、誹謗、中傷するものではありませんので念のため。

 

 今のそれがしは質実剛健とまではいきませんが、そこそこに健康な躰(高齢者)と思っています。そして毎日がヒマの塊です( 骨はカル石みたいにカサカサですが … )いい歳をしていまだに頭をあちらこちらへボコボコとぶつけている日々でありますが、これについては村上君のお説の通りですね! それがし、人生を少しでもまっとうしたく些細なことでも、納得できないことがあるとあれこれと思いあぐねることが最近は常になってきて ・・・ぐずぐずと失礼しました。

頓首

 

 

p.s.,

横暴な写真掲載の件は、毎日東京本社宛に質問メールを投げました。

リプライは落手次第にここに報告します!

 

 

ではでは。

 

今日も最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございました。

酷暑のなか車の運転はどうか安全第一でお願いします!

 

 

 

 

 

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